ここ最近、その隙間を先に埋めるようにステッカーが貼られていることが多い。HEDというタグネームが書かれたものだ。掌にのるくらいのサイズだが、ワイルドスタイルの字体が様になっているし、何よりも貼ってある場所が良かった。景色の中でふと目につく。

 聞き覚えも見覚えもない名前だった。自分の街と思っている空間に新しく、そんな署名が増えていることをTEELは嬉しく思い、同時に少し妬ましくさえあった。

 その夜も、TEELは新たなHEDのステッカーを見つけた。

 タグを書きたいなと目をつけていた場所だった。多摩川の東京側、少し前まで家が建っていたのが取り壊されてできた空き地のブロック塀だった。塀の向こうには公園があって、そちらに立っている街灯がスポットライトのように塀の一部を照らしている。その光の中にタグを一閃、走らせたらと考えていた。いざ書きにいったところ、先にステッカーが貼られていた。閑静で上品な住宅街の中に釘を打つように一点、突き刺さった軽犯罪の痕跡。TEELが思い描いていた通りに、その位置へのボムは効果をあげている。

 ため息を吐く。自転車のハンドルを回しかけた。バックパックのドリンクホルダーに差していたスプレー缶が音を鳴らした。TEELはペダルを踏む代わりに、後輪のスタンドを蹴って、自転車を停める。飛び降りる。右手でスプレー缶を抜いた。薄く雑草が生えた地面の上を跳ねるような足取りで塀に向かい、試し撃ちすらせずに線を引いた。HEDのステッカーの下に名前を刻む。キャップをはめて振り返った時、自転車の横に男が立っているのが見えた。

 単に落書きをしているところを見かけたから気になって足を止めた、というわけでもないらしい。TEELと目が合っても尚、動かない。確認を怠った自分へ苛立った。土地の持ち主だったら面倒なことになる。歩み寄ってみて、少なくとも持ち主本人ではなさそうだと思った。かなり若い。二十代に見える。ならいい。TEELは、自転車に跨った。

2024.09.14(土)