ケンジは手でスケートボードを立てた。青地に、KENZIと大きく書かれている。TEELがこれを書いてから二年は経っているはずだが、大切に使ってくれている様子で、大きな傷はなく、色もまだ鮮やかだった。
普段のTEELなら余り書かない凝ったレターだった。原色で塗られた文字が立体的に交差する、ケンジが言った通りワイルドスタイルと呼ばれる字体だ。ケンジへは特に説明していないが、海を走るモーターボートをイメージしている。デッキの後部から前へ向けて勢いよく滑っていくよう字を歪めていて、アウトラインも水しぶきのつもりで弾けさせていた。
ケンジはデッキを撫でながら「キャラクターとか良いかも」「シンプルに黒でタグ書いてもらうのもかっこいいか」と半ば呟くように言っていたが、急に押し黙った。視線を落として、再び口を開く。
「かなり評判良いですよ、これ」
今更、二年前の仕事について評価を述べたいわけではないだろう。TEELは「それはどうも」とだけ返した。
「結構、調子乗って、何かあるたびに色んな人に自慢してるんですけど」
ケンジはそこまで言うと、息を吸う音を控えめに立ててから、顔を上げた。
「TEELさん、グラフィティ教えてくれって言われたら教えてくれます?」
TEELはケンジの顔を見直した。ケンジは、苦笑いを浮かべていた。
「やりたいの?」
「いや、まあ、俺じゃないんですけど。大学の後輩が」
ケンジは「後輩といっても代はギリ被ってないんですけど」と言い訳をするように言葉を重ねた。
「デッキの写真に食いついてきたんですよ。TEELって人に書いてもらったって言ったら、なんか、グラフィティ興味あったみたいで、会いたいって」
ケンジと在学期間が重なっていないということは精々二十歳すぎくらいか。TEELは川へ向けて、煙を吐いた。
「教えるとか、習うとか、そういうもんじゃないっしょ」
「ですよね」
「まず、書くもんだよ、グラフィティは。書きたいなら勝手にやればいい」
2024.09.14(土)