少し、早口になってしまった。
ケンジが「ですよねえ!」とどうしてか語調を強めた。
「俺もTEELさんはそういうことするタイプじゃないとは言ってたんですけどね。ありがとうございます」
ケンジは立ち上がると腰に手を当て、背筋を伸ばした。吸殻を携帯灰皿へ入れてTEELへ笑いかけてくる。
「つべこべ言ってないでストリートに出なって言っておきます。TEELさんのお言葉だぞって」
「犯罪教唆したつもりはないけどな」
「ブランクデッキの方はお願いしますね。書いてほしいもの決まったら持っていきます」
TEELは広場へ駆けていくケンジの背中を見送った。まだ立ち上がる気になれなかった。煙草をふかす。
広場の周辺は、清潔そのものに見えた。ゴミすら落ちていない。案内看板に書かれている、ルールやマナーを守らなければ全面的に利用禁止にする可能性があるという注意喚起の文言に従っているのだろう。誰しも遊び場を……居場所を取り上げられたくはない。そうでなくてもオリンピックを契機にスケーターのマナー意識は向上してきている。喜ばしいことなのだろう、とはTEELも思った。
視線を土手まで上げると景色が変わる。草むらにいつ、誰が捨てたのかも知れないペットボトルやスナック菓子の袋が散らばっているし、土手の向こうの沿道と住宅地を分ける防音壁にはタグやスローアップが書き殴られている。勿論、TEELには、それぞれどのグラフィティライターの手によるものなのか瞬時に分かる。ONENOW、Bad boy、ヨンハ、BLU。TEEL本人のスローアップもある。いずれも書かれてから十年は経過している筈だったが、消えていなかった。誰かが消そうとした痕跡すらない。見向きもされていないのだ。この土手や沿道を毎日走る延べ何万人の内これらのグラフィティを記憶に留めている者は数名いるかどうかだろう。別に、見られたいと思って書いたわけでもない、とTEELは考える。
2024.09.14(土)