弁護士という言葉は「悪徳」という冠詞がよく似合う。
おっと、弁護士会から名誉棄損で訴えられそうなことを書いてしまった。あくまで、ミステリーの世界において、という話である。
『エイレングラフ弁護士の事件簿』は、犯罪小説を代表する大家となったローレンス・ブロックが一九七六年から書いている短篇連作を網羅した作品集である。二〇一四年に刊行されたDefender of the Innocent: the Casebook of Martin Ehrengrafを底本としているが、編集N氏によれば一九九四年にEhrengraf for the Defenseという限定二五〇部の本も出ていたという。その後に発表された四篇を加えたのが完全版である本書というわけだ。
その第一作、「エイレングラフの弁護(別題:成功報酬)」は、ドロシー・カルヘインという女性がマーティン・エイレングラフ弁護士の事務所を訪ねる場面から始まる。カルヘインの息子クラークは殺人罪の容疑で逮捕されたのだが、母親は無実を信じている。不利な証拠は揃っているのだが、エイレングラフはこの依頼を引き受ける。
エイレングラフには他の弁護士とは全く違うところがある。一つは成功報酬であることで、依頼人が有罪判決を受けた場合は一切弁護料を受け取らない。損害賠償の請求訴訟ではごく一般的だが、刑事裁判では珍しいとエイレングラフは毎度宣う。弁護料は高額であり、もしエイレングラフが仕事をやり遂げた場合は一切値切ることは許されない。
もう一つは、エイレングラフにとっては「無罪判決を勝ちとる」のが目標ではなく、裁判にすら持ちこまれず、依頼人を嫌疑なしにすることをいちばんの成功と見なしている点だ。彼は言う。「法廷での丁々発止のやりとりとか、反対尋問の妙技とかは、世のペリー・メイスン諸氏にまかせておけばいい」と。ではどういう手でクラーク・カルヘインを自由の身にするのか、というのが「弁護」の関心事となる。
2024.09.12(木)
文=杉江 松恋(書評家)