未読の方に予断を与えることになるので、これ以上は触れない。本篇の結末は鮮やかなもので、一度読んだら忘れられないはずである、とだけ書いておこう。まぎれもなく、弁護士ミステリーの歴史に残るべき一作である。

 これ以降、エイレングラフはたびたび読者の前に姿を現し、痛快、と言うには衝撃的すぎる活躍を繰り広げることになる。作者はあえて物語の定型を固定し、エイレングラフが依頼人を迎えて、そのためになんらかの手を尽くす、という形ですべての作品を書いている。風貌の描写などもほぼ同じで、そのくり返しに連作短篇ならではの味がある。オックスフォード大学キャドモン会のネクタイが途中からエイレングラフにとっての勝負衣装になる。その理由は「弁護」を読んでいただければわかるはずである。

 弁護士ミステリーの歴史は古く、アメリカでは自身も刑事弁護士であったメルヴィル・ディヴィスン・ポーストが一八九六年に発表した『ランドルフ・メイスンと7つの罪』(長崎出版)がこうと言える。法律の穴をついて依頼人を無罪にしてしまうメイスンをポーストが創造したのは逆説的な手法によって法律の脆弱さを明らかにするためだった。同書のまえがきでは「人間の知性が人びとを保護するためにどのような法律を作り出そうとも、人間の知性がまさにその法律をくぐり抜けられる」「邪悪な悪魔はちっぽけではない。善良な聖霊と等しく進化している」(高橋朱美訳)とポーストは指摘している。

 弁護士探偵の代名詞といえばひところまではアール・スタンリー・ガードナーが『ビロードの爪』(一九三三年。創元推理文庫)で初登場させたペリー・メイスンだった。もう一組、ドナルド・ラム&バーサ・クールという探偵もA・A・フェア名義で登場させているが、その第一作『屠所の羊』(一九三九年。ハヤカワ・ミステリ文庫)では、ラムが元弁護士であり、人を殺しても有罪にならない方法を開陳したために資格を剥奪されたことが明かされている。ペリー・メイスンもまたラムと同じような奇手をろうする弁護士として初期は設定されたのであり、正義の味方というイメージが後の作品では固定されるものの、『ビロードの爪』の彼はかなりはみ出し者の感がある。初期ペリー・メイスンには、悪徳弁護士の影があるのだ。

2024.09.12(木)
文=杉江 松恋(書評家)