ペリー・メイスンはしばしば、自分の依頼人は無実だと信じていると断言する。これを受け継いでいるのが、エイレングラフ弁護士だ。推定無罪は法の基本原則だが、第二話「エイレングラフの推定」では「マーティン・H・エイレングラフの依頼人はみな無罪と見なされる。その推定は、依頼人の予断のいかんにかかわらず、正しかったことがかならず証明される」という宣言が行われる。強気というか、なんというか、いやはや。

 弁護士に悪徳の匂いを嗅ぎつける者は各国にいるようで、たとえば日本には、詭弁を弄する者をも指す、三百代言という言葉がある。アメリカのshysterは、いんちき弁護士を指して言うそのものずばりの口語だ。これで思い出すのは戦前に活躍したコメディアン〈マルクス兄弟〉のグルーチョ・マルクスで、弁護士の役柄で登場しては、意味不明のことをまくしたてて金儲けに首を突っ込もうとするのだった。こういう人物像がshysterの最もわかりやすいイメージなのだろう。

 マイクル・コナリーに『リンカーン弁護士』(二〇〇五年。講談社文庫)に始まるミッキー・ハラー・シリーズがある。リンカーンの後部座席を事務所代わりにしてロサンジェルス内を駆け巡り、慌ただしく依頼を引き受けていく弁護士の物語だ。こうした人物像が弁護士をするときの紋切り型で、エイレングラフは高級車ではなく昔ながらの事務所に居を構えてはいるが、金にうるさいという最大公約数の職業人像をやはり背負っている。このへんが職業作家ブロックの老練なところで、隙がない。

 話題を転じて、作家自身について書いておきたい。ブロックのデビュー作は、本国版〈マンハント〉一九五八年二月号に掲載されたYou Can’t Loseである。日本版同誌一九六二年四月号に「ガッポリもうけましょう」の邦題で掲載された。一九三八年六月二十四日生れだから、当時ブロックは十九歳、オハイオ州のアンティオック・カレッジを卒業したのは翌年だから、まだ大学生だったということになる。

2024.09.12(木)
文=杉江 松恋(書評家)