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「芸術」の名のもとで許される違法行為

 映画は、ガブリエル・マツネフの卑劣な手口を、実にわかりやすく紹介する。優しい父親のように振る舞い、幼い頃から父親が不在だった少女の心を虜にする。巧みな言葉を操り、大人と性行為をするのは異常なことではない、むしろこんな経験ができるのは特別な存在だからだと思い込ませる。さらに関係を世間の目に晒すことで、少女を周囲から孤立させ、自分だけに依存させる。こうして、50歳の男と14歳の少女の支配関係はいとも簡単にできあがる。

 驚くのは、ヴァネッサとマツネフの関係が、決して世間に秘められた、いわゆる禁じられた関係ではなかったことだ。

 もちろん成人した大人が14歳の子供と性行為をするのは、当時のフランスにおいても違法な行為。だがガブリエル・マツネフは、アジアで大勢の少年たちを買春し、ヴァネッサと同じような年頃の少女たちを大勢「恋人」にしていたことを、隠さず本に記していた。さらにその作品は文学として多くの人を魅了し、彼はタブーを恐れない芸術家として讃えられていた。芸術の名のもとで、許されざる違法行為が公然と許されていたのだ。

 周囲の大人たちは、幼い少女が次々に作家の餌食になっても、「偉大な芸術家の創作活動に必要なこと」だとみなし、意に介さない。ヴァネッサの母親もまた、最初こそ「彼は小児性愛者だ」と激怒するものの、結局は作家の名声に気をよくし、娘を男のもとに差し出してしまう。

 さらにここには恐ろしい罠がある。ヴァネッサとマツネフとの関係は、必ずしも暴力によって無理強いされたものだとは言えない。ふたりは当時、たしかに恋人同士としてつきあっていて、セックスをしたことも、小説のモデルにしたのも、すべてヴァネッサの同意を得て行ったことだとマツネフは主張する。その証拠に、ヴァネッサからの熱烈な愛が綴られた手紙もあるではないかと。書籍と映画の両方のタイトルが指すように、少女が当時発した「同意」が男への免罪符として利用され、少女自身を長年苦しめることになる。

実際にフランス映画界を揺るがした事件も

 『同意/コンセント』が否応なく思い起こさせるのは、2024年にフランス映画界に衝撃を与えたある事件のこと。

 女優のジュディット・ゴドレーシュが、自分が未成年だったときに、著名な男性映画監督であるブノワ・ジャコとジャック・ドワイヨンから性的暴行を受けたとし、二人を児童強姦罪で訴えた事件だ。

 ゴドレーシュは14歳で25歳年上のブノワ・ジャコの映画に出演、その後6年間にわたり「恋人」として彼と同棲生活を送ったが、その間ずっと年上の彼から性的支配を受けていた。さらに彼女は、15歳のときに出演した『15歳の少女』の撮影時にジャック・ドワイヨンから性的暴行を受けたとも明かした。

 ゴドレーシュの勇気ある告発を機に、別の女性たちも次々に二人の男性監督たちからの被害を語り出し、フランスでは#MeTooの「第二波」が到来したと言われている(数年前にも、女優のアデル・エネルをはじめ、幾人もがフランス映画界にはびこるセクハラや性的被害を訴えたが、当時はまだ異論を唱える人が多く、被害者たちの声はかき消された)。

2024.07.31(水)
文=月永理絵