この記事の連載
映画ライターの月永理絵さんが、新旧の映画を通して社会を見つめる新連載。第4回となる今回のテーマは、「社会的弱者たち」。
現在公開中の映画『香港の流れ者たち』で描かれたのは、行き場を失うホームレス(流れ者)の人々。実際に香港で起きた事件をもとにした物語から浮かび上がる「現実」と、その先にある「希望」とは?
「弱者」は「敗者」なのだろうか
さまざまな事情から、社会の中で不利な立場に追い込まれてしまう人たちがいる。経済的に困窮し、生活が成り立たなくなった人たちは、ときに路上での生活を余儀なくされる。そうして路上で暮らすことになった人々を街で見かけても、多くの人は見なかったふりをして通り過ぎてしまうだろう。他人を助けるのは容易ではないし、私たち自身、日々を生きていくのに必死なのだから、目を逸らしても仕方がない。
けれど、本当にそうだろうか。立ち止まり、社会のなかで「弱者」にならざるを得なかった人たちに目を向けることで、きっと何かを変えられる。そう信じることは難しいだろうか。
香港の下町・深水埗(シャムスイポー)の路上で生活する人々を主人公にした『香港の流れ者たち』は、経済的に困窮した社会的弱者たちにしっかりと目を向けた映画だ。物語の題材となったのは、2012年に香港で実際に起きた「通州街ホームレス荷物強制撤去事件」。
長年深水埗でホームレスとして生活してきたが、しばらく刑務所に入っていたファイ(フランシス・ン)は、出所後すぐに仲間たちが住む高架下の路上に戻るが、そこに突然、食物環境衛生署の職員たちが現れる。街の景観と衛生環境を守るため、という名目で、職員たちは問答無用で路上の荷物を撤去しはじめ、ファイたちは、住居や身分証など、大切な持ち物をすべて取り上げられてしまう。
「家のない俺たちに一体どこへ行けと言うんだ」。事前通告もなく、虫ケラのように自分たちを排除するやり方に我慢できなくなったファイと仲間たちは、ソーシャルワーカーのホー(セシリア・チョイ)の助けを借りて、政府を相手に損害賠償と謝罪を求めることに。
路上での生活を続けるため、ファイは、偶然知り合った失語症の青年モク(ウィル・オー)や元大工のダイセン(チュー・パクホン)らとともに、高架下に新たな家をつくりあげる。粘り強い彼らの戦いは次第に街の人々の心を動かし、支援の輪が広がり出す。だが訴訟が長引くうち、当初は団結していた原告団の間で意見が割れ始め、周囲の人々からの視線も徐々に冷たくなっていく。
これが長編2作目となるジュン・リー監督が光をあてるのは、路上生活者たちのコミュニティのありかた。詳しい事情は語られないが、ファイは息子を亡くして以来、家族や親族、友人とのつきあいがないようだ。代わりに、彼のまわりにはたくさんの仲間たちがいる。ベトナム難民のラムじい、足が不自由になった妹の面倒を見ているチャン。社会のなかで虐げられながら、どうにか生き延びてきた彼らを演じるのは、ツェー・クワンホウ、ロレッタ・リーら、香港映画の黄金期を支えてきた名優たち。
2023.12.30(土)
文=月永理絵