この記事の連載

 日々激変する世界のなかで、わたしたちは今、どう生きていくのか。どんな生き方がありうるのか。映画ライターの月永理絵さんが、映画のなかで生きる人々を通じて、さまざまに変化していくわたしたちの「生き方」を見つめていきます。

 今回は、6月27日(金)から全国ロードショーの映画『カーテンコールの灯』に注目。

あらすじ

ある事件を機に、家族との仲がぎくしゃくしつつある建設作業員のダンは、偶然出会った俳優のリタから、アマチュア劇団に参加してみないかと誘われる。公演の演目は『ロミオとジュリエット』。演技未経験ながらロミオ役を演じることになったダンは、初めての経験に戸惑いながらもいつしか演じることに夢中になり、やがて目を逸らしてきた自分の感情と向き合い始める。監督は、『セイント・フランシス』のケリー・オサリヴァンとアレックス・トンプソン。

中年男性がアマチュア劇団で主役に抜擢?

 自分ではない誰かを演じてみる。それはどんな気分がするのだろう。実際の演技経験がない私にとって、舞台上であれ、映像のなかであれ、演じることは謎に満ちた未知の体験だ。そもそもどんなきっかけで人は役を演じてみようと思うのか。現実では叶えられない願望を満たしたい。セリフを利用して、ふだんは表に出せない感情を思いっきり吐き出したい。単純に演じることが楽しくて仕方ない、そんな人もいるだろう。

 これまで、演じたことはもちろん、舞台を鑑賞したり映画を見る機会も多くなかっただろう中年男性が、思いがけずアマチュア劇団に参加し、『ロミオとジュリエット』のロミオ役に抜擢される。『カーテンコールの灯』は、いかにもコメディらしい物語として幕を開ける。大柄で不器用な中年のダンが、慣れない芝居にあたふたしながら、やがてロミオとして覚醒していく様はたしかに楽しい。年齢も職業もバラバラな劇団員たちとのちぐはぐな友情物語も、見ていて心が和む。

 けれどこれは、平凡な中年男性が芝居を通して新たな自分を発見していく、いわゆるミッドライフ・クライシスの物語というだけではない。

2025.06.27(金)
文=月永理絵