この記事の連載
日々激変する世界のなかで、わたしたちは今、どう生きていくのか。どんな生き方がありうるのか。映画ライターの月永理絵さんが、映画のなかで生きる人々を通じて、さまざまに変化していくわたしたちの「生き方」を見つめていきます。
今回は、2月21日から全国公開される映画『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』に注目。
あらすじ
ヨルダン川西岸のパレスチナ人居住地区「マサーフェル・ヤッタ」では、イスラエルによるパレスチナ人の強制追放が日々過激化している。この村で先祖代々暮らしてきた青年バーセル・アドラーは、この事実を伝えようと、カメラを手に記録を始める。その活動を支援するのは、イスラエル人の青年ユヴァル・アブラハーム。イスラエルによる迫害と占領の実態を、2023年10月まで、4人の監督たちが4間にわたり撮影しつづけたドキュメンタリー。
2024年2月 に開催されたベルリン国際映画祭で、一本の映画が話題を呼んだ。パレスチナ人2人とイスラエル人2人とが共同監督したドキュメンタリー『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』。本作は最優秀ドキュメンタリー賞と観客賞をW受賞。壇上でパレスチナへの連帯を呼びかけた監督たちのうちの2人による受賞スピーチは拍手喝采を浴び、世界各国に報道された。その反動として、後日監督たちがイスラエル擁護派から攻撃を受けることになった事実も含め、この一本の映画がもたらした反響はとても大きい。
パレスチナの現状の話すとき、人はとかく「複雑」だと言いがちだ。イスラエルとパレスチナの間には「複雑」な歴史がある、とか、宗教の問題は「複雑」で、どちらが正義かは簡単には語れない、とか。でも『ノー・アザー・ランド』には、複雑な背景などいっさいない。ここに映るのは、とても単純な事実であり、明らかな不正義の実態だ。
長年暮らしてきた土地を理不尽に奪われようとしているパレスチナ人たちがいて、暴力によって彼らを追い出そうとするイスラエル軍がいる。次々に破壊されていく家や学校と、その跡地に建てられる入植者たちの真新しい家が、グロテスクに対応される。パレスチナの村人たちは、「ここを追い出されたら他に行くところなんてどこにもない」と叫ぶが、イスラエル軍はそんな彼らに銃を向け、ためらうことなく発砲する。さらに武装した入植者たちによる暴力もある。
2023年10月よりずっと前から、パレスチナ人たちがどのような状況に置かれてきたのか、この映画を見れば誰もがすぐに理解できるだろう。泣き叫ぶ子どもたちの前で平然と学校や家が壊されていく。その様子を見れば、なぜこんなことが許されるのか、どうすれば人はこれほど残酷になれるのかと、言葉を失うはずだ。
4人の監督のうち、中心をなすのが、イスラエル軍による強制追放に抵抗するバーセル・アドラー。家族そろって生まれ故郷の村を追い出されようとしている彼は、自分たちの生きる権利を守ろうと、スマートフォンやカメラで軍の行動を撮影し始める。それを手助けするのが、イスラエル人のユヴァル・アブラハーム。ふたりとも、ジャーナリストであり映画作家でもある。
2025.01.31(金)
文=月永理絵