この記事の連載

ガザでの武力衝突が起こる直前で作品は終わる

 互いに相手の立場をどう思っているのか、彼らが、自分たちの本心をカメラの前で赤裸々に明かすことはない。それでも、撮影のたびに車の中で話し込み、ときにはバーセルの実家で家族とともに談笑をしたり、カフェで水タバコを吸いながら会話する様子が映されるうち、彼らの心の揺れがかすかに見えてくる。そうして、彼らが映画をこのような構成にした理由が少しだけ理解できた気がした。

 イスラエル軍の非道な行為を告発しながら、監督たちは、人々が抱えるさまざまな感情の揺れをも描く。私たちは、強い怒りや悲しみを抱え、絶望や無力感におそわれながら、日常のなかでたえず冷静に対話をしつづける青年たちの姿も同時に目にするのだ。互いの間に横たわる大きな壁をたしかに認めながら、それでも同じ目的のために、手を取り合い対話をあきらめずにいること。それが、この映画が見せてくれるもうひとつの現実だ。

 映画が映すのは、2023年10月7日以前の記録が中心となる。その後、「マサーフェル・ヤッタ」をはじめ、パレスチナをめぐる状況はさらに悲劇的なものになったはずだ。停戦の合意が成ったからといって、イスラエルによるパレスチナ占領の動きは止まらないだろう。希望の見えない現状において、私たちに何ができるのか。その問いに真摯に向き合いながら、立場の異なる青年たちの協力関係によってこの映画ができあがり、多くの国で公開されることに、ひとすじの光を見出したい。

『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』

2025年2月21日(金)TOHOシネマズ シャンテ、シネ・リーブル池袋 ほか全国ロードショーhttps://www.transformer.co.jp/m/nootherland/

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Column

映画とわたしの「生き方」

日々激変する世界のなかで、わたしたちは今、どう生きていくのか。どんな生き方がありうるのか。映画ライターの月永理絵さんが、毎月公開される新作映画を通じて、さまざまに変化していく、わたしたちの「生き方」を見つめていきます。

2025.01.31(金)
文=月永理絵