この記事の連載
映画ライターの月永理絵さんが、新旧の映画を通して社会を見つめる新連載。第1回となる今回のテーマは「働く」ことについて。現在公開中の映画『あしたの少女』と『バカ塗りの娘』から紐解きます。
実際の少女自死事件から着想を得た韓国映画
十代の終わりや二十代の始まりのころ、若者の多くは「社会人」という言葉に突如として直面する。「社会人」とはつまり、働く人のことだ。楽しかった学生時代はもう終わり。もう社会に出ないとね。そんな言葉で、毎日生きるために働き、金を稼ぐことを急かされる。急かされた若者たちは、気楽な生活の終わりを惜しむ一方、どこかわくわくする気持ちに駆られるはず。これまでとは違う世界に一歩足を踏み入れるのは、いつだって興奮を伴うものだ。
韓国映画『あしたの少女』は、高校卒業を間近に控えたひとりの少女が、いざ「社会」に出ようとしているところから幕をあける。ダンスが趣味のソヒ(キム・シウン)は、卒業後の就職先として、教師から紹介されたコールセンターで実習生として働くことになる。専攻学科とはまったく違う業種で、大手企業と言われていたのに実際には下請け会社にすぎないことに不満をこぼしながらも、ソヒは新しい生活の始まりにそれなりに心を弾ませる。着なれないスーツを着て、仲のいい男友達に見せびらかしにいったりもする。
けれどいざ実習が始まると、華やいだ気持ちはすぐにどこかへ行ってしまう。コールセンターでの仕事は想像を絶するほどひどいものだった。実習生たちに課される仕事は、プランの解約を希望する電話を受け、それを阻止するためにあの手この手で通話を引き伸ばすこと。当然、苛立った顧客からは何度も罵声を浴びる羽目に。社員同様に厳しいノルマを課され、しかも報酬だけは実習生扱い。非人道的な仕事内容に、ソヒの心は否応なく疲弊していく。
あまりに酷い職場の状況に、ソヒは何度か逃げ出そうとするが、家の経済状況を考えるとそう簡単に仕事を辞められない。教師からは「学校の実習成果を台無しにするな」と説得されてしまう。追い詰められたソヒは、ついに自ら死を選ぶ。この悲劇的な結末は、数年前に実際に韓国で起きた、ある少女の自死事件から着想されたという。
2023.09.10(日)
文=月永理絵