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一銭にもならない仕事を続ける娘と、苛立つ父

 同じように社会に出ようとする若い女性が体験する葛藤を描きながらも、日本映画『バカ塗りの娘』は、『あしたの少女』とは別のアプローチで、若者の仕事への向き合い方を描いてみせる。

 西加奈子の原作小説を映画化した『まく子』が話題を呼んだ鶴岡慧子監督の最新作で、原作は青森県在住の作家髙森美由紀の小説「ジャパン・ディグニティ」。主人公は、青森県弘前市の津軽塗職人の家に生まれた20代の女性、青木美也子(堀田真由)。美也子は、高校を卒業後、スーパーのレジ打ちのバイトをして生計を立てながら、漆職人の父・清史郎(小林薫)の手伝いをしている。彼女は自分も父のように職人として働きたいと思っているようだが、なかなか本心を言い出せずにいる。

 実は漆塗は、伝統工芸ではあるものの今では仕事として成り立つのが難しく、廃業する職人が増えてきているという。美也子が逡巡するのは、代々続いてきた伝統を自分が引き継げるのか、という自信のなさと、漆塗の仕事で食べていけるのか、というためらいから。また、本来は長男である兄が後継ぎとして目されていて、妹である彼女は誰からも期待されていないという現実も重くのしかかる。

 内向的で、言葉で気持ちをうまく表現できない美也子が選んだのは、自分なりの漆塗を獲得することだ。ある日、廃校に残されたピアノを偶然見つけ、これを漆で塗り替えてみようと決めた彼女は、たったひとりで漆塗の作業に没頭する。父はそんな娘を黙認するが、作業が長引くにつれ、次第に苛立ち、そんなことをしたって一銭にもならない、職人になるなんて夢物語にすぎないだろうと怒鳴りつける。すでに離婚し家を出た美也子の母もまた、「漆で食べていけるの?」と娘を問い詰める。

2023.09.10(日)
文=月永理絵