この記事の連載

 日々激変する世界のなかで、わたしたちは今、どう生きていくのか。どんな生き方がありうるのか。映画ライターの月永理絵さんが、映画のなかで生きる人々を通じて、さまざまに変化していくわたしたちの「生き方」を見つめていきます。

 最終回となる今回は、2025年10月10日(金)より全国公開の映画『ホーリー・カウ』に注目。

あらすじ

フランス東部、ジュラ地方に暮らす18歳のトトンヌ。友人と酒や喧嘩に明け暮れる彼の日常は、チーズ職人の父の死によって一変、7歳の妹クレールをひとりで育てることに。困った彼が、生計を立てるため苦肉の策として思いついたのは、チーズコンテストで優勝し賞金を得るというアイディア。最高のコンテチーズ作りへの挑戦は、やがて周囲の人々を巻き込み思わぬ方向へ。監督はこれが初長編となるルイーズ・クルヴォワジエ。実際にジュラ地方で暮らす人々を起用し手がけた本作はフランスで大ヒットし、約100万人を動員した。

遊び盛りの悪童が父を亡くして

 スクリーンの前で、突然、いつのまにこんなにも時間が経っていたのかとハッとする。幼かった子供がいつしか大人になっていたり、ひとつの恋が終わってしまったり、気づかぬうちに何かが大きく変わっていて、時間の経過を突如として実感する。それは、たった90分や120分ほどの尺のなかでとてつもなく長い時間を映すことができる映画だからこそ得られる体験だ。

 フランスの地方で暮らす少年たちを描いた『ホーリー・カウ』は、まさにそんな奇跡のような瞬間を目撃させてくれる映画だ。主人公は、父が遺した道具で最高のコンテチーズを作り、幼い妹クレールとの生活を守ろうとする18歳の少年トトンヌ。

 といって彼自身に、父の跡を継ごうとか、いまや滅びゆく伝統的なチーズ作りを守りつづけようといった高尚な目的はまったくない。彼は、どこにでもいそうな、遊び盛りの悪童だ。毎日のように仲間と酒を飲み、煽られれば全裸になって大騒ぎ、ナンパをしてはすぐに喧嘩騒ぎを起こす。今が楽しければそれでいいと、その日限りの生活を続けている。

2025.09.30(火)
文=月永理絵