愛していたがゆえに憎んでしまう。怒りを抑えきれず、自分の人生から相手を追い出したくてしかたない。家族だからこそ距離を置くのにも苦労する。ふとしたきっかけで互いを憎み合い、いつしかこう着状態に陥ってしまった姉と弟。そんな複雑な姉と弟の愛憎劇を描くのは、これまでも一筋縄ではいかない家族の物語を数々描いてきた、フランスの名匠アルノー・デプレシャン監督。

 最新作『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』では、マリオン・コティヤールとメルヴィル・プポーというフランスを代表する俳優たちを主演に迎え、舞台女優のアリスと詩人の弟ルイの激しい姉弟喧嘩を、壮絶かつコミカルに描き出す。いったいどのようにしてこの映画が生まれたのか。過去作とのつながりから、愛と憎しみの複雑な関係性について、お話をうかがった。

『私の大嫌いな弟へ』が、「ヴュイヤール家」のサーガの最後の作品になる

――この映画は、デプレシャン監督のさまざまな過去作を思い出させますね。その一番の要素は、本作の主人公であるアリスとルイの「ヴュイヤール」という名字です。シリーズとしての直接的なつながりはないものの、『キングス&クイーン』(04)、『クリスマス・ストーリー』(08)、『イスマエルの亡霊たち』(17)という作品でもやはり、マチュー・アマルリック演じる主人公とその家族の名前として「ヴュイヤール」家が登場していました。しかも『クリスマス・ストーリー』に描かれたヴュイヤール家では、本作と同様に、長女が次男に激しい憎しみを抱いています。監督ご自身は、過去作と本作との関係をどのようにお考えなのでしょうか?

デプレシャン 少なくとも今の時点では、この『私の大嫌いな弟へ』が、「ヴュイヤール家」のサーガの最後の作品になるのではないかと考えています。『クリスマス・ストーリー』では、アンヌ・コンシニが演じる姉のエリザベートとマチュー・アマルリック演じる弟のアンリは、喧嘩をしたまま終わってしまいました。映画は、パリのアパートのバルコニーで、アンヌ・コンシニがシェイクスピアの『真夏の夜の夢』の一節を暗唱するところで終わります。でも私には、これでは女性をひとり監獄に入れたままだ、彼女たち姉弟の物語はまだ終わっていないという自覚がありました。

 『クリスマス・ストーリー』は、一つの映画のなかにたくさんの物語があり、さまざまな逸脱がある話でした。一方『私の大嫌いな弟へ』をつくるときには、私はたった一つの主題に強迫観念のように囚われていて、この主題にそった映画をつくりたいと願っていました。それは、姉と弟の間にある憎しみからアリスを自由にしなければいけない、という主題です。悲しい情熱からアリスを解き放つことができた今、ヴュイヤール家のサーガはようやく終わりを迎えるわけです。

――ヴュイヤール家の物語は、イスマエル・ヴュイヤールを主人公とした『キングス&クイーン』から始まったと思いますが、その時点から、これをサーガとしてつくろうと考えていたのでしょうか。

デプレシャン 最初から計画があったわけではありません。たとえば『そして僕は恋をする』で私はポール・デダリュスという男の物語をつくったわけですが、そのときは、数年後に『あの頃エッフェル塔の下で』(15)で再びポール・デダリュスの物語に戻ることになるとは思ってもいませんでした。

 『キングス&クイーン』でヴュイヤール家の話をつくったときも、その後『クリスマス・ストーリー』でヴュイヤール家をもう一度登場させるつもりはありませんでした。おそらく年を重ねるごとに、自分のつくりだした物語に対する思いが深まっていったのだと思います。2019年に『ルーベ、嘆きの光』を監督したとき、私はある主題や情熱をより深く掘り下げることを学んだように思います。

2023.09.14(木)
文=月永理絵