人は、あまりに愛情が強くなると逆に愛し方がよくわからなくなる
――なぜこれほどアリスが弟のルイを憎むのか、劇中でいろいろと理由は語っていますが、根本的な理由は彼女自身もわかっていないようにも思えました。
デプレシャン なぜアリスがルイを恐れるようになったのか、一番の理由は、最初から二番目のシーンで語られます。アリスは自分の劇場の楽屋にいて、「弟がまた私のことを本に書いた、私を利用し私を汚したのだ」と語ります。こうやって自分のことを本に書かれたという事実が、彼女にとって大きな傷となっていったのです。
その後も、アリスは自分のファンであるルチアという若い女性の前で、弟にどんな点で傷つけられたのか、少しずつ過去を明かしていきます。でも結局のところ、アリスは弟のことが怖いのです。不幸にも、彼女は弟のことをあまりに愛しすぎていて、大人になるために一度彼を遠ざけなければいけなかった。その期間を経て、再び彼女は弟を自分のもとに迎え入れるのです。映画の最後は、どこか皮肉的ではあるんですよね。あれほど自分のことを本に書かれるのに怒りを表していたアリスが、ルイに向かってこう語るのですから。「私はあなたのミューズだった」と。
――この映画では、愛と憎しみが複雑に混ざり合い、どちらがどちらなのかわからなくなっていくようです。アリスが「あなたが大嫌いだ」と言うとき、それは愛の告白のようでもありました。監督は、愛と憎しみの関係とはどのようなものだとお考えですか?
デプレシャン 愛と憎しみの奇妙な関係について、私はイングマール・ベルイマンから学びました。憎しみと怒りと恐怖という三つの感情はふつう言葉によって語られることがなく、愛と幼年期の不幸な表情の中にしか現れません。大人のふりをするのは、不幸な、道に迷った子供です。アリスは、強迫的な考えに取り憑かれながらも、つねに無邪気な子供でありつづけているのです。人は、あまりに愛情が強くなると逆に愛し方がよくわからなくなる。私がアリスについて好きなところは、彼女が武装解除をして、自分より大きな感情、悪い感情を抱えているところです。この映画はそんなアリスに付き添っていくのです。
2023.09.14(木)
文=月永理絵