私はアリスという女性に何らかの判定を下すことはしない
――つまりこの映画は、憎しみに囚われたアリスを光のほうへ導いていく物語ということでしょうか。
デプレシャン 私はいつも、映画をつくる前に、チームのみんなに映画を一本見せるようにしています。その作品を超えることはできないけれど、これを目標にして自分たちの映画をつくろうと。いつもは古典を見せるのですが、今回は何を見せようと考えたあげく、自分が過去につくった『キングス&クイーン』を見せました。
あの映画に出てくるノラという女性は、一見、物議を醸すような人物です。あまりに優雅すぎるし、冷たく意地悪で、「私は四人の男性を愛し、そのうち二人を殺した」と語るような恐ろしい女性です。でも、私は自分の映画に出てくる女性の登場人物を愛することはできても彼女を裁くことはできない。だから『私の大嫌いな弟』でも、私はアリスという女性に何らかの判定を下すことはしない、それどころかこれは彼女のためにつくる映画なのだとみんなにわかってほしかった。そのために『キングス&クイーン』を見てもらったのです。
――『キングス&クイーン』は基本的には元恋人同士の話だったわけですよね。ということは、本作のアリスとルイの間にも、姉弟を超えた感情が込められていたのでしょうか?
デプレシャン この話を始めるときに、なぜアリスが怒りに囚われているのか、という話から始めましたよね。そしてベルイマンによれば怒りは愛であるという話をしました。ですから、姉は弟のことを本当に愛していたし、弟も姉のことを本当に大好きだったのだと思います。
――『キングス&クイーン』を俳優たちに見せたとき、主演のふたりは、どのように反応したのでしょう?
デプレシャン 二人とも、とても面白い反応を見せてくれました。メルヴィル・プポーは、自分は悲劇を演じなければいけないと考えていました。ルイは自分の子供を亡くしてしまうという悲劇に見舞われるわけですから。ところが『キングス&クイーン』でのマチュー・アマルリックは喜劇を演じています。そこでメルヴィルは、自分はもっと悲劇に近づかなければいけないと、私にジャック・ニコルソンが主演した『ファイブ・イージー・ピーセス』(ボブ・ラフェルソン、70)の話をしていました。この映画でジャック・ニコルソンが演じたのは、自分の子供を失って傷つき、とりかえしがつかないほど暗い男でした。
マリオン・コティヤールは当時仕事でアメリカにいたのですが、偶然にも『キングス&クイーン』を見直していたそうです。私がアリスのためにこの映画をつくるのか、アリスを糾弾するためにつくるのかを知りたいと思ったようです。そして『キングス&クイーン』を見て、私はいつも被告の側についている、登場人物を裁くことはしないのだとわかり、安心したと言っていました。
マリオンは、とてもシンプルで話をしやすい人ですが、どこか秘密主義なところがあります。というのも、撮影を始めてから四週間も経ってから、ある日レストランでメルヴィル・プポーに突然こう告白したのです。自分はアリスの日記をずっと書いていたのだと。ルイがアリスについての本を書いたので、アリスにはルイについての日記を書かせなければと考えたのです。私はそれを読みたいと言ったのですが、彼女は「これは誰にも見せない」と宣言しました。だから今日になっても日記の内容は不明なままです(笑)。
2023.09.14(木)
文=月永理絵