エミリー・ディキンソンの言葉を通じてアリスはルイへの愛を語る

――この映画は、暗く悲しい雰囲気から始まり、物語が進むにつれて段々と喜劇的な要素が出てきますね。特にルイの動作や喋り方は大仰で、見ていると笑ってしまうような喜劇性があります。

デプレシャン 喜劇と悲劇とが混ざりあっているのが映画なのです。階段から落ちるのは悲劇だし痛くて泣いてしまうけれど、同時にそのおかしさに笑ってしまうのと同じです。

――ルイとアリスがついに対面するスーパーの場面も素晴らしかったです。まるで西部劇の決闘場面のような不思議な緊張感と、笑ってしまうようなおかしさが溢れていました。

デプレシャン あの場面は、私にとっては笑えると同時に、登場人物たちがついに解放されるシーンだと思います。あのスーパーの場面で起きたのはいわば「奇跡」のようなものです。アリスは弟のことを恐れていて、ルイもまた姉を恐れている。その二人がまるで犬のようにあそこでぶつかります。ああやって人にぶつかるのは、滑稽だと同時に奇跡的です。笑えるけれど、実際にはぶつかった相手が無事であるかわからない、一歩間違えば悲劇になるわけですから。

――ラストシーンはアリスの朗読によって締めくくられます。あそこで彼女が朗読するのは、エミリ・ディキンソンの詩「嵐の夜よ!」の一部ですが、これは彼女の詩のなかでも珍しく、恋人に対する愛をまっすぐに謳った作品ではないかと言われています。姉から弟へ送る言葉として、あの愛の詩を選んだ理由を教えていただけますか。

デプレシャン エミリー・ディキンソンの言葉を通じてアリスはルイへの愛を語るわけですが、その前に、思わず笑ってしまうようなシーンがあります。ルイが裸になってアリスと一緒にベッドに入る場面です。ふたりとも6歳か8歳の子供の頃に戻って、お互いを再び発見する。衝撃的であると同時に、見ている方が困惑してしまうような愛が、ここにはあります。その前のシーンで近親相姦は禁止されていますから、二人の関係は近親相姦にはなりません。ただ深い愛があるのです。その後、アリスはひとりになってアフリカへ行き、自分が持っている布教的な愛を受け入れます。そしてその愛が、ディキンソンの詩となって彼女の口から出てくるわけです。

――これほど複雑な姉と弟の愛の物語というのは、どこかジョン・カサヴェテス監督の『ラヴ・ストリームス』(84)を思い浮かべさせますね。

デプレシャン 脚本を書いているとき、共同脚本家のジュリー・ペールと一緒に三回『ラヴ・ストリームス』を見ました。カサヴェテスの映画のなかでも、もっとも好きな映画です。

――この映画は、ヴュイヤール家のサーガの最後になるだろうとおっしゃっていましたが、見ていると、ルイとアリスの近親者たちだけでなく、ルチアやルイの悪友のズウィなど、彼らが出会う人々すべてがひとつの大きな家族をつくっているようにも感じました。やはりこれは、家族についての映画なのでしょうか?

デプレシャン ええ、これは家族についての映画です。ただ、ストーリーがあまりにも姉と弟に囚われているために、映画をもっとオープンにしようとしました。そのために、さまざまな背景を持ったキャストや登場人物を用意しました。ルチアを演じたコスミナ・ストラトンはルーマニア人であり、ルイの友人のズゥイを演じたパトリック・ティムシットはアルジェリア出身でユダヤ教徒、フォニア役のゴルシフテ・ファラハニはイラン出身です。みな素晴らしい俳優であり、映画にフランス以外のさまざまな要素をもたらしてくれました。こうした多様な要素が息遣いとなり、この息詰まる家族の物語にほっとするような部分をつくりだしてくれたのです。

『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』

2023年9月15日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開

監督:アルノー・デプレシャン
出演:マリオン・コティヤール、メルヴィル・プポー、ゴルシフテ・ファラハニ、パトリック・ティムシット
配給:ムヴィオラ
https://moviola.jp/brother_sister
Twitter @brothersisterjp

2023.09.14(木)
文=月永理絵