それはとても可愛らしい、海棠の花を模したかんざしだった。

 けぶるような花びらは、白糸のように細い銀線と、薄く剥ぎ取られた桃色の水晶で出来ている。花芯の部分には珊瑚の珠が埋め込まれており、ゆらゆらと揺れる銀の葉っぱは、太陽にかざせば、向こう側が透けて見えてしまいそうだった。

 ちょっと力を入れれば、すぐに壊れてしまいそうなくらい、繊細な銀細工だ。

 それが、水仕事で荒れてしまったあたしの手の中で、確かに燦然と輝いていたのだった。

 声にならない歓声が出た。

 大急ぎで酒場に帰ってお使いの報告をする間も、あたしの頭の中はずっと、胸元に仕舞い込まれたかんざしの事でいっぱいだった。

 今まで以上に頑張って働いて、このかんざしに合った着物を買おう。

 いや、何も、このかんざしにこだわる必要はない。

 いつか、あの娘の持っていたような飾り櫛も手に入れて、こんな掃き溜めのような場所を出てやるのだ。あたしだって綺麗に着飾れば、良い家の坊ちゃんに見初められて、お嫁入りだって出来るかもしれない。今になって思えば、山の手で目にした青年達は、本当に素敵だった。整った顔立ちもそうだが、何よりも、育ちの良さが垣間見える所作は、この辺りでは絶対に見られないものだ。

 そう。紳士的で、優しくて、あたしを心から好いてくれる殿方が良い。

 いつか必ず、そんな人の奥さんになってやるのだ。

 必ず。

 そんな風に思いながら、跳ねるような足取りで、あたしは家に帰った。

 裏通りから、さらに一本奥に入った、あまり手入れのされていない区画だ。山の手から帰って来たばかりだと、余計にみすぼらしく感じられるあばら家が、あたしの生まれた家だった。

「ただいま」

 声を掛けながらすだれをめくって、しかし、思わず足が止まった。

 ――そこであたしを待ち受けていたのは、見慣れない、風体の悪い男達だったのだ。

 四、五人はいただろうか。

 全員が妙にぎらぎらとした目で、あたしの頭のてっぺんからつま先までを、まるでねぶるように見つめていた。

2024.07.27(土)