若宮は言い淀んだ。

 すぐに逃げられるような体勢を取っていた雪哉も、煮え切らない態度を不審に思い、若宮の背後から長櫃を覗き込む。

 そして、雪哉も若宮と同様に瞠目した。

 長櫃の中に横たわっていたのは、雪哉と同じ年頃――十四、五歳くらいの、小柄な少女だったのだ。

 よく眠っているようで、すうすうと安らかな寝息を立てている。

 中央の町娘のような恰好であり、とても、辺境の村の住人には見えなかった。

 おそるおそる声をかけ、肩を叩くも、全く起きる気配がない。

「……この子も、猿なんでしょうか」

 判断がつかなくて若宮を仰ぎ見たが、若宮は「違う」と即答した。

「この娘に、私は何も出来ない。だから、八咫烏なのは間違いない」

「はい?」

 妙にきっぱりとした、自信ありげな言い方である。言葉の意味を尋ねる前に、若宮はさっさと少女の体を抱き上げて、馬の所まで戻ってしまった。

「とにかく、急いでここを離れよう。お前は鳥形でついて来い」

 若宮が興奮している馬をなだめ、飛び立つ準備をする横で、雪哉は村を見返した。

 得体の知れない大猿。

 殺された郷民達。

 唯一生き残った、この少女。

 ――僕の故郷で、一体、何が起こっているというのだろう?


書籍の購入はこちら

黄金の烏 八咫烏シリーズ 3

定価 814円(税込)
文藝春秋
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)

2024.07.27(土)