づどん、という鈍い音が、雪哉のすぐ耳元で聞こえた。

 呻き声は上がらなかった。

 ただ、雪哉の首を背後から絞め上げようとしていた体がびくんと跳ねて、不意に力が抜けたのが分かった。

 必死に毛むくじゃらの両腕から逃れた雪哉は、振り返り、ついさっきまで己を殺そうとしていた大猿の眉間に、深々と刀が突き刺さっているのを見た。

 逃げるように猿から離れ――へなへなと、その場にへたりこむ。

 心臓が早鐘を打ち、冷汗がどっと噴き出した。

「大丈夫か!」

 駆け寄って来た若宮を見上げて、雪哉は無理矢理に、引きつった笑みを浮かべた。

「……この猿よりも、あなたに殺されるかと思いました」

「私が、そんな下手を打つものか」

 ふざけた様子もなく言い返し、若宮は鋭く周囲を見回した。

「うかつだった。まだ他にも、猿がいるかもしれないのに」

「あいつ、人形(じんけい)をとっていました。だから僕、てっきり八咫烏かと思って」

「人形をとられたら、お前には八咫烏と見分けがつかなかった?」

「全然分かりませんでした」

 厄介だな、と呟くと、若宮は雪哉の首根っ子を摑んで立たせた。

「最後の一軒の中を確認したら、すぐにここを離れよう。外の見張りは構わないから、私の近くを離れるな」

「分かりました。ちなみに……他の家の中は、どうでしたか」

「全滅だ」

 若宮の声は沈鬱だった。

 猿の死体から刀を引き抜き、最後の一軒へと足を向ける。震える足を𠮟咤して、雪哉も若宮のすぐ後ろに続いた。

 しかし、覚悟して足を踏み入れた四軒目の中は、拍子抜けするほどに綺麗であった。

 血の臭いもせず、食べかけの死体もない。ただ囲炉裏端に、長櫃が不自然に置いてあるだけである。

 大きめの長櫃だった。人形(じんけい)にさえなれれば、身を隠す事も可能そうだ。

 若宮は警戒しながら、刀の鞘を使って長櫃の蓋を取りのけた。慎重に中を覗き見て、すぐに、驚いたように目を瞠る。

「何かありましたか?」

「いや……」

2024.07.27(土)