と声をかけるついでに一歩踏み出したとき、それまでチェアの背もたれによって遮られていた、男性の背中の部分が露わになった。

 男性が羽織っている真っ白なガウン――、その背中に赤い染みが広がっている。さらに、染みの中央には小さな穴が空いていた。

 夢の中で聞いたはずの銃声が、ふたたび耳の奥底でこだました。

 こちらに後頭部を向けたままぴくりとも動かない上半身の下には、臙脂(えんじ)色の見るからに高級そうな絨毯に黒っぽい何かが広がっているのが見えた。

 血だ。

「この人、死んでる!」

 めいっぱい悲鳴を上げたつもりが、自分の声がやけに遠くに聞こえた。指の先から痺れが腕を這い上がってきて、やがて顔全体を覆う感覚とともに、視界の周囲から黒い斑点が侵食し始める。「ああ、貧血だ」と頭の中に冷たい感触が広がるのを自覚しながら、私はくたりと崩れ落ちた。


 目が覚めても、しばらく天井を眺めていた。

 まだ夢を見ているみたい、私。

 そう判断したのには理由がある。私を至近距離から見下ろしている人物にまったく見覚えがないうえに、相手がおそろしいくらいの美形だったからだ。

「あなた、誰ですか?」

 何でこんなイケメンを夢に登場させちゃってるの私、と仰向けの体勢のまま、少しニヤつきながら訊ねたら、

「気づかれましたか、滝川(たきがわ)様」

 整った眉をひそめ、相手がさらに屈んできたものだから、夢にもかかわらず、どぎまぎしてしまった。

「私の名前、知ってるんだ」

「もちろんです、昨夜、ロビーにてチェックインの際にお会いしましたので……」

 相手はいかにも清潔そうなホテルマンの装いである。なるほど、そういう設定ですか、と凝った夢のつくりに感心する思いで上体を起こしたとき、自分が浴衣を着ていることに気がついた。

「わッ」

 浴衣の上に薄手の毛布をかけられ、長イスに寝かされていたことをようやく了解する。

「滝川様の悲鳴に気づかれた羽柴(はしば)様が、倒れていらっしゃるところを見つけ、私どもに連絡をくださったのです。ひとまず、こちらのサロンにお運びしました。勝手ではありますが、滝川様のお部屋から、お着替えもお持ちしています――」

2024.07.06(土)