しまった、飲み過ぎた――。
どうやら、昨夜は部屋に入りこむなり前後不覚のまま、ベッドに潜りこんでしまったらしい。その証拠に、宿にチェックインした記憶がまったくない。
枕元には小さな時計が用意されていた。てっぺんのボタンを押してみると、薄闇のなかで液晶画面が光った。
午前六時二分。
デジタル表示の数字が明々と点る。
日付は六月二日。
今日の日付という以外に何か意味があった気がするが、寝ぼけているうえに、何だか変な夢を見たという、ぞわぞわとした感覚。さらには耳のあたりに残っている銃声の余韻が重なり、まったく頭が働かない。
銃声?
ベッドから抜け出し、ふらつきながら立ち上がった。
そのときになって、はじめて自分が浴衣を着ていることに気がついた。こんな洋風な部屋に、浴衣が置いてあったのか、と妙な取り合わせに感じたが、ぞんぶんに前をはだけていた浴衣を整え、帯を締め直す。
依然、耳には違和感が残っていた。
夢の記憶は一秒ごとにかすみの向こうへ消えつつあるのに、なぜかその残響だけやけに生々しく、まるで実際に聞いたかのように耳の底で留まっている。しかも、部屋の外から発せられたもの――、という奇妙な距離感さえ添えて。
部屋のドアを開け、少しだけ外をのぞいた。
落ち着いた色合いの絨毯が敷かれた、いかにも高級そうな雰囲気の漂う廊下に人影は見当たらない――。
やっぱり、気のせい。
早々に結論づけ、ドアを閉めようとしたときだった。
廊下の突き当りを、誰かが走り抜けていった。
ちょうどそこが丁字路のかたちになっているのだろう。左から右へと絨毯を踏む、せわしげな足音に反射的に目を向けたときには、すでに何かが通り過ぎたあとだった。
そのまま、ドアを閉じようにも閉じられなかったのは、絨毯の上に落ちているものが見えたからだ。
たった今、落としたものだろうか。
走り去った人が戻ってくるかもと待ったが、足音は聞こえてこない。
2024.07.06(土)