さっさと部屋に引っこもうとも思ったが、ざわざわした気持ちは収まるどころか、よりいっそう高まっている。
仕方がないので、浴衣の襟元をきゅっと締めて、スリッパで廊下に出た。
突き当りまで小走りで進み、落とし物を確認する。
鍵だ――。
シルバーの鍵と紐で結びつけられた木札には「天下」と書いてあった。
部屋の名前だろうか。ずいぶん仰々しいネーミングだなと拾い上げ、改めて左右を確認したら、左手に見える部屋のドアが開け放されていることに気がついた。
私の部屋とは異なり、立派な両開きの扉が開かれたままになっている。
ドア枠上部の表札には、
「天下」
と手元の鍵の木札とまったく同じ、クセのある字体が躍っていた。
部屋の前を横断する廊下を見渡しても、誰かが戻ってくる気配は感じられない。
仕方がないので鍵を手に開かれたドアに近づき、少しだけのつもりで、ドアの先をのぞいてみたら、
「広い」
と思わず声が漏れ出てしまった。
スイートルームなのだろうか。私の部屋の三倍の広さはありそうなフロアには、大きなソファセット、ダイニングテーブル、さらにデスクまで配置されている。どれもアンティーク調のデザインで統一され、おしゃれかつ高級そうな雰囲気が部屋じゅうに充満していた。
「誰か……、いませんか? 鍵、外に落ちてましたよ」
天井の照明や、スタンドの明かりはつけっ放しである。
小走りで手前のソファまで進み、鍵だけ置いて立ち去ろうとしたとき、部屋の右手にさらなる空間が広がっていることに気がついた。
「ん?」
奥の部屋につながる大きな扉の手前で、うつぶせに倒れている人がいる。
「あの、大丈夫ですか?」
白いナイトガウンを纏い、その髪型から見て男性のようだが、こちらから顔は見えない。
この人も昨夜、飲み過ぎたのだろうか。
ちょうど男性との間に置かれたひとり掛けのチェアがあったので、
「鍵、ここに置いておきますよ」
2024.07.06(土)