男性の手が示す先にはスツールが置かれ、私のカバンと脱ぎ散らかしていた衣類がきれいに畳んで並べられていた。
「ど、どうもです」
よくわからない展開ながら、襟元と裾を直してから足を下ろし、長イスに座る姿勢に移行した。
「お具合はいかがでしょう?」
わざわざ絨毯に膝をついて、男性が心配げな顔でのぞきこんできた。
「大変な現場を目撃され、滝川様は意識を失われたのです。今も軽いショック状態にあるかもしれません。無理はなさいませぬよう」
「現場?」
何のことだろ、と心で首を傾げた刹那、うつぶせに倒れている男性の姿が脳裏に蘇った。さらには、彼が纏っていた真っ白なナイトガウン、その背中に広がった赤い染み――。
「そうだ、私……。銃声が聞こえて、それで部屋の外に出たら、誰かが走っていて」
「滝川様は犯人を目撃されたのですか?」
と男性が驚きの表情を浮かべる。
「犯人? いえ、これはただの私の夢の話で――。あれ? 今も夢なんだから、夢の中の夢の話になるの?」
頭がこんがらがってきたとき、背後でドアが開き、いかにも急いた調子の声が聞こえてきた。
「オイッ、女は起きたか?」
なぜだろう、聞き覚えがある。
でも、ここにいるはずがないし、と振り返ったら、声のあるじと目が合った。
「え? 何で?」
「つい先ほど、お目覚めになられたばかりで、まだ少し混乱しているご様子です」
「ちょっと待って。何であなたが? 何、その強烈にセンスの悪いスーツ?」
そう言葉を返すのと、相手が私の額に何かを突きつけるのが同時だった。
「どうやって、このホテルに潜りこんだ。アンタ、何者だ」
両目を寄せ、額に当たっている黒っぽい筒状のものに焦点を合わせた。
どういうことだろう。私、おでこに銃を向けられている。
「アンタがボスを殺したのか?」
「はい?」
「どっから、来た。ボスの部屋で何を見た? 全部、話せ」
押し殺した声とともに、銃口でぐいと額を小突かれたとき、とっくに気づいていたことを認めざるをえなかった。
これ――、夢じゃない。
六月のぶりぶりぎっちょう
定価 1,870円(税込)
文藝春秋
» この書籍を購入する(Amazonへリンク)
2024.07.06(土)