「……下さい」

 仁は小さな声で言った。身長一七二、三センチくらいで、やや細身の体つき。しかし、それ以上に線の細い印象を受ける。色白で、今時の若い者らしく、顔が小さくてれいで、淡泊に整った目鼻立ちをしていた。

 秋穂がお通しのお代りを出すと、仁は軽く頭を下げた。

「ここ、お勧めはなんですか?」

「煮込み。美味しいわよ」

 秋穂はニコッと笑って付け加えた。

「他はあんまり大したもんはないの。手抜き料理ばっかり。ビートたけしの歌にある〝煮込みしかないくじら屋〟ならぬ居酒屋よ」

 仁はつられたように微笑んだ。

「じゃ、煮込み下さい」

「毎度あり」

 ばちに煮込みをよそい、刻みネギを散らす。味付けは酒としようゆが少々。ニンニクは入れていない。

 仁は両手で小鉢を持ち、鼻に近づけると目を閉じて、ゆっくりとにおいをいだ。

「良い匂いですね」

「でしょ? 下茹でして何度も茹でこぼしてあるから、モツの臭味はゼロのはず」

 秋穂はカウンターに置いた七味唐辛子を指さした。

「七味はどうぞ、お好みで」

 仁は箸を動かして、せっせと煮込みを口に運んだ。

 おなかいてるのかな?

 秋穂はちょっと意外に思った。米屋のような居酒屋は二軒目に立ち寄るお客さんが多く、一応前の店でお腹に何か入れてくる。だからつまみも軽いものが主体で、本格的な料理は出していない。

「お客さん、もしかして、お腹空いてます?」

 仁は煮込みの汁を飲み干して、小鉢を置いた。

「うん。なんか、段々お腹空いてきた。夕飯、ってなかったんだ」

「食べると食欲って刺激されるのよね。鶏肉、好き?」

「……一応」

 この頃の若い人って、どうして即答しないのかしら。必ず頭に「一応」とか「別に」とか付けるのよね。

 心の声は顔に出さず、秋穂は再び微笑んだ。

「中華はどう? 茹で鶏のネギソース掛けとか」

「下さい!」

 仁はこれまでより元気の良い声で答え、ジョッキを空にした。瓶にはまだ半分ホッピーが残っている。

2024.06.12(水)