「それ、またお店で出せば良いじゃない」
秋穂は気弱に目を逸らした。
「無理、無理。釣ってきたばかりの魚とスーパーで買ってきた魚じゃ、まるで違うもの」
「女将さん、この店で海鮮注文するお客さんはいないって言ってたじゃない。海鮮じゃなくて、魚を使った手軽な一品料理をメニューに加えるんだよ。レパートリーが増えればお客さんだって喜ぶと思うよ」
仁はわずかに身を乗り出した。
「さっき女将さんの言った鰺のタタキのアレンジレシピは、そのまま使えるよ。スーパーで買ってきた刺身だって、そうやって一手間加えれば、美味しい酒の肴に変身する」
秋穂は改めて仁の顔を見直した。イタリア料理の厨房で働いているというこの若者は、本気でそう思っているのだろうか?
「鰺は洋風にタルタルにしても美味いよ」
「タルタル?」
「タタキの親戚みたいなもん。鰺の刺身を一センチ角に切って、塩胡椒をしっかりふって、レモンを絞ってかけておく。赤玉ネギとキュウリ、黄色のパプリカを五ミリ角に切ったら、軽く刻んだケッパーと一緒に鰺と野菜をすべてボウルで混ぜて、塩胡椒、レモン汁、オリーブ油で味付けして、仕上げにミントの葉を混ぜて出来上がり」
秋穂の頭の中にはおぼろげながらも洋風タタキのイメージが出来上がった。
「タサン志麻って人のレシピだけど、この店で出しても受けると思うよ。タタキが作れる人ならすぐ出来るから。パンに載せて食べても美味いよ」
「ケッパーって、スモークサーモンの上に載ってる緑の粒?」
「うん。軽く刻んで加えると魚の生臭みを消して、味のアクセントになる優れものだよ。ケッパーがなかったら生姜の酢漬け、ラッキョウ、ピクルスみたいな、酸味と塩分が効いてるもんで代用できるよ。ミントの葉っぱも、万能ネギや香菜で代用できるし、和風にしたければ茗荷や大葉を入れるのもあり」
タルタルの作り方を説明する仁の目は生き生きと輝いていた。
「美味しそうねえ」
2024.06.12(水)