「この木の剪定だったんだな」

 フェンスを越える高さまで大きく成長していて、何という種類の木なのかわからないが、夜風に葉が揺れて涼し気だ。大岡さんは歩道に倒れていたそうだから、このあたりに脚立を置いて作業をしていたに違いない。

「そうかもね。きれいに剪定されている様子だから、大岡さんの事故のあとに別の人が作業したんだね」

「うん」

 誰かが事故や病気で倒れても、やらなければならないことがなくなるわけではない。大岡さんが意識を取り戻さずに寝たきりになっていても、木は成長するし、マンションの管理は必要なのだ。どこで誰かがどうなっても、世界は変わらずに動いていく。どこからか飛んできた桜の花びらが、数枚舞って落ちていった。

「歩道のこの辺に脚立を置いたとして……脚立って何メートルくらいだろ」

 ブロックに登り、フェンスに手をかけて数歩よじ登ってみる。黒っぽい格子状のフェンスは、ぎりぎり足をひっかけて登ることができた。

「ちょっと卯月、気を付けてよ」

 サンボが声をかけてくる。

「うん、大丈夫」

 もし「思い残し」につながるヒントがあったら忘れちゃいけないと思ってお酒は飲まなかったから、と心の中で付け足してフェンスをつかむ。一階は歩道より少し高い位置にあるから、フェンスを登らないと中までは見えない。数歩登って、ぐっと首を伸ばしのぞき込む。この位置からだと、一階に並んだ部屋のうち、一番左の部屋しか見えない。大岡さんが見たとしたら、この部屋だろう。だが、カーテンがぴったり閉じられていて、室内の様子は見えない。大岡さんが昼食を食べないほど気にしたことが、見つかるかもしれないと期待していたのに。

「なんかあったか?」

 サンボが声をかけてくる。少し粘って窓やその周囲を見たけれど、何の動きもない。

「いや、ないね」と答えて、慎重にフェンスを降りた。

「探偵ごっこはそのくらいにしておきな。俺たちがやらなきゃいけないのは、原因の究明じゃないだろう?」

2024.05.11(土)