「あの方は、出来ないと分かっている仕事を押し付けて、僕達が苦しむさまを見て喜んでいるのです。しかもそうやって厄介事を押し付けておいて、自分は遊びに出かけられるんですよ? もう、あんな方に仕えるなんて、まっぴらごめんです」
またある者は、廊下から部署全てに響き渡る大声で、若宮の悪辣さを訴えた。
「自分が育てたわけでもないくせに、花を萎れさせたと言って怒るのだ! こっちは命令通り、遠くの滝まで水を汲みに、何往復もしたというのに……これでは、真面目にやっていた自分が馬鹿のようではないか」
もはや怒る元気もなく、鬱々とした様子で泣きじゃくる者もいた。
「本来はあの方に出された課題を、全部私にやらせたのです。それで、課題を出した学士にも、どうして若宮にやらせなかったのだと怒られるのですよ。学士にそれを言われた若宮は、『側仕えが勝手にやった事だ』と言い張るのですから、もうどうしたら良いか分かりません。私が課題をやっている間、若宮は花街に繰り出しているというのに」
本来であれば、若宮付きは出世への最短路である。
現に、最初の何人かは自分から望んで若宮付きとなったのだ。それが、数日後には見る影もなく、もうこりごりだと言っているのだから恐ろしいものである。
今まで外界に出ていた分、朝廷内で、若宮の人柄をよく知っている者はほとんどいなかった。それが、帰って来てほんの一月の間に、『若宮殿下はとんでもないうつけである』と、下級役人にまで知れ渡ってしまったのだ。
だが、喜栄はこの現状を、決して良しと思ってはいなかったのである。
「若宮殿下に、まあ、こう言っちゃなんだが、色々と問題があるのは間違いない。だけど、それでさっさと辞めてしまうのもいかがなものかと、私は常々思っていたわけだ」
そうそうに辞めてしまった先任の側仕え達には、根性がない、と言いたいらしい。
喜栄は、貴族の中では、最も武家に近い北家の嫡孫だ。雪哉と同様、中央貴族の坊ちゃんが、軟弱に見えていたようだった。
2024.04.15(月)