「実は、若宮殿下が外界からお戻りになって以来、招陽宮に入った者は、ほんのわずかしかいないのだ。側仕えも、ひとり以上は近づけようとせん」

 そんな話聞いていない、と頭を抱えた雪哉は、恨みがましく喜栄の顔を見上げた。

「一体、どうしてそんな事に」

「どうやら、殿下は極度の人嫌いらしくてな。護衛すら、澄尾以外の山内衆も寄せ付けようとしないのだ。本来、大勢いるはずの身の回りのお世話役も、側仕えがひとりいれば十分だと豪語する始末だ」

 それまで招陽宮は、若宮の遊学に際し、長く閉鎖された状態にあった。もともと招陽宮に仕えていた者は、金烏の御所や朝廷の各部署に異動になっていたが、今回の若宮の帰還によって呼び戻されたのである。しかし若宮は、集められた者達を、勝手にもとの部署へと返してしまったのだ。それどころか、わざわざ若宮のために招集をかけた側仕え達も、若宮が用を申しつけた一名を除き、招陽宮に立ち入る事すら許してはもらえなかったのだと言う。

「側仕えの候補に格下げされてしまい、招陽宮からも締め出された者達は、若宮付きとなったひとりを羨んだらしい。それなのに、当の若宮付きとなった者は、いくらも経たないうちに側仕えを辞めてしまったのだ」

 それを受けて、喜び勇んで若宮付きとなった次の少年も、しかし、長続きはしなかった。最初はそれを聞いた者も、ちやほやされて育った少年達が仕事の大変さに音を上げただけだろうと思っていた。

 だが、人事を担当する式部省へ駆け込む側仕えが六人を数えるようになると、流石にこれはおかしい、と皆気付き始めた。

 六人である。

 たった一月が過ぎぬうちに、六人の側仕えが全員、若宮付きを拒否したのだ。短い者は、若宮付きになったその日のうちに――長く持った者でも、十日を数える前に人事へ転任を訴えて来た。

「若宮殿下は異常ですよ」

 ある者は、隣を歩く官人に文句を言いながら、喜栄の職場の前を通り過ぎて行ったらしい。

2024.04.15(月)