切なく腹に手を当てた雪哉を見て、若宮はおもむろに、自分の懐をまさぐった。
「ほれ。受け取れ」
ぽい、と投げられた物に目を剝いて、雪哉は慌てながら、空中でそれを摑み取った。
「何ですか、これ」
「金柑」
いや、それは見れば分かるのである。
投げられたのは、丸々とした干し金柑であった。黄色みを帯びた橙色が、薄暗い室内で鮮やかだ。砂糖をまぶしてあって、そのまま食べられるようになっている。
「腹が減ったのだろう? 取りあえずは、口に含んでおけ」
自身も、小袋から取り出した金柑を口に運んでいる。もしゃもしゃと金柑をほおばるその姿は、粗末な黒衣と相まって、とても若宮のものとは思われなかった。
「それは、はあ、どうも」
「今日はもう良い。下がれ」
「……はい。お休みなさいませ」
どうにも釈然としない感覚を覚えながら、雪哉は一礼して部屋から出た。出た所で、持て余した金柑を口に放り込む。
そうやって嚙んだ干し果物は甘酸っぱく、独特のクセがあって、苦かった。
「やっぱり! 私の見込んだ通りだったな」
嬉しそうに笑う喜栄を前にして、雪哉は仏頂面になった。
「笑い事じゃありませんよ。僕は、若宮殿下の側仕えがこんなに大変だったなんて、全然知らなかったんですからね」
それは悪かったと言って、それでも喜栄は笑顔を絶やさなかった。
雪哉が若宮付きの側仕えになって半月が過ぎた、午後の事である。
近習の話は、若宮の単なる気まぐれであったのか、あれから一度も話題に上ってはいないので、おそらくは忘れてくれたのだろう。
半月の間、ほぼ休みなく、初日と同じような命令をこなす毎日を過ごして来たが、この頃になると仕事にも慣れて、少しずつではあるが余裕も出て来た。
今は、民政寮に若宮宛ての手紙が届くのを待つ間、時間が出来たので、久しぶりに喜栄へ会いに来たのである。喜栄は仕事中だったはずだが、雪哉の顔を見ると手を止めて、わざわざお茶まで淹れてくれた。茶飲み話の話題となっているのは、もっぱら若宮殿下の奇行についてである。
2024.04.15(月)