「ちょっとお待ちを。身に余る光栄ではありますが、僕には荷が重すぎます」

 雪哉の何を見て近習に取り立てようと思ったのかは甚だ疑問であるが、流石に一日で近習にしようと言うのは尋常ではない。

「何より、僕は地家の出なんですよ。僕なんかより、よほど近習にふさわしい方はたくさんいるはずです」

「地家である事が、何か問題でも?」

 若宮に本気で怪訝そうに返されて、雪哉は一瞬、言葉に詰まった。

「……他の側仕えだった人達は、いずれも中央貴族です。きっと、色々な所から苦情が来ます」

「私は気にしない」

「僕でなくても、他に優秀な中央貴族の側仕えはおります。そちらの方が、よっぽど面倒がないではありませんか」

「お前の前任者達はことごとく使えなかったが」

「ひとりにやらせる仕事の量が多すぎたのです。せめて、二人同時に召し抱えれば、そんな事にはなりません」

「お前はひとりで出来たのに、わざわざ人員を増やさねばならないのか」

「あくまで必要人員です!」

 悲鳴じみた声を上げ、雪哉は哀れっぽく訴えた。

「とにかく、いずれの理由も、近習が僕でなければならないという訳ではありません。それに、僕は一年もしたら、垂氷の方に帰らなければならないのです。せっかくのお話、大変有難くは思いますが、どうか辞退させて下さいませ」

 なりふり構っていられなくなり、雪哉は一段低くなった床へ飛び降り、そこに平伏した。冷たい石張りの床に額ずき、沈黙して数拍。若宮が先に口を開いた。

「お前でなければならないという、理由があれば納得するのだな?」

「それでしたら――まあ、はい」

 よっぽどの理由がありさえすればと続けると、そうか、とこだわりなく頷かれる。

「良かろう。その言葉、忘れるなよ」

 微妙に笑いを含んだ声を、不審に思ったその時だった。

 雪哉の腹が、ぐう、と鳴った。

「あ」

 そう言えば、昼飯を食べるのをすっかり忘れていた。

「御厨子所には行かなかったのか?」

「行っている暇がなかったので」

2024.04.15(月)