まあ、そうでなくてもあの性格だ。さぞかし敵も多いだろう――と考えながら、雪哉は招陽宮へと舞い戻った。

 この時期になると、随分と日も長くなっている。若宮が戻って来るのはほとんど陽が暮れてからだから、傾きかけた太陽の下、雪哉は余裕を持って仕事を終えられるはずであった。

 書簡を入れた包みを鷲摑みにしたまま、鳥形で悠々と招陽宮の庭に降り立った雪哉は、しかしそこで、恐い顔で仁王立ちする若宮を見つけて仰天した。

「殿下! 随分と早いお戻りですね」

「お前は遅い。待ちくたびれたぞ」

 慌てて転身した雪哉の首根っ子を摑むと、若宮はそのまま、大股でずんずんと歩きだした。

「ちょっと、何事ですか」

 ほとんど引きずられるようにされながら、雪哉は抗議の声を上げた。

 幸か不幸か、さんざん無茶な要求をされた半月のうちに、若宮に対する遠慮はほとんどなくなっている。自分で歩けます、と邪険に言って手を振り払おうとすれば、若宮もすぐに雪哉を放してくれた。

「一体、どちらに向かっているんです?」

 若宮は、招陽宮の中を突っ切って、どうやら朝廷の方へ向かっているらしい。だが、今まで若宮自ら朝廷の方へ足を運んだ事など、雪哉の知る限り皆無である。

 何かあったらしいと察せられたが、真っ直ぐに前を向いたまま発せられた若宮の言葉に、雪哉は思わず息を飲んだ。

「紫宸殿だ。どうやら父上が、緊急の招集をかけたようだからな」

「紫宸殿――」

 小走りで若宮の背中を追っていた足が、一瞬だけ止まった。

 紫宸殿は、金烏陛下の御所の正殿であると同時に、御所が朝廷と接する、唯一の場でもあった。滅多な事では出入りは許可されないし、許可をもらっても、紫宸殿が開かれること自体が極端に少ない。普段から出入りが許されているのは、四家直系の高官達と、金烏に連なる、宗家の八咫烏だけなのである。

 そこに、躊躇なく飛び込んで行こうという若宮を目の前にして、そう言えばこの人は日嗣の御子だったと、今さらな事を雪哉は思った。

2024.04.15(月)