まとまりのない蓬髪を適当に引っくくり、緋色の地に、金でおおぶりな車紋が織り込まれた上衣を纏っている。同じ大柄でも、均整のとれた体つきをしている長束と違い、肩幅が広く、丸太のような筋肉のついた手足がやたらと長かった。厚手の錦の上からでも分かる、はちきれそうな肉体いっぱいに、自信が漲っているような気さえする。
見た者を慄かせるような恐ろしげな容貌でありながら、不思議と目が離せなくなるような迫力があった。
「そなた、南橘のミチチカだな」
若宮の声を受けて、『ミチチカ』と呼ばれた男は、うっすらと笑みを浮かべた。
「左様。お見知りおき下さっていたようで、光栄でございます。が、私はすでに家を出た身ゆえ、今は南橘の路近ではなく、ただの『路近』と名乗っております」
「何故、そなたがここにいる。兄上の護衛ではなかったのか」
ぴりぴりとした空気の中、ただひとり、路近だけがやけにのんびりとしていて、余裕のある態度を崩さなかった。
「その長束さまが、この扉の向こうにいらっしゃるからでございます」
紫宸殿の方を顎でしゃくった路近に、若宮は真顔になった。
「私を止めろと、誰ぞに命令でもされたか」
若宮の視線を追えば、路近の背後に控えた男の手にある、身の丈ほどもある大太刀に行きついた。本来であれば飾りとしか思えぬような、馬鹿げた大きさの太刀であるが、これを持ち出されたらひとたまりもないだろう。
よほどの考え無しでもない限り、紫宸殿の前で、しかも若宮相手に刃傷沙汰などあり得ない。それは分かっているのだが、何故だか路近には、それを簡単にやってしまいそうな雰囲気があった。
だが若宮の言葉を聞いた路近は、腹を抱えて大笑いしたのだった。
「ご冗談を! 私に命令出来る奴などいないし、いるとしても、長束さまはそんな命令をなさりませんよ」
笑いがおさまらぬうちに「第一、」と路近は言葉を繫げる。
「そんな事をせずとも、もうこの門は閉じられているのだ。いくら貴方さまでも、もうここから先には行けませんでしょう」
2024.04.15(月)