ちらりとその後ろ姿に目をやれば、漆黒の羽衣に、薄色の単を羽織っただけの恰好である。まるで遊び人のような風体であるが、これが、若宮の常の姿であった。見かけだけでも決して日嗣の御子には見えないが、若宮はその気質も相当変わっていた。

 あれをしろ、これをしろと容赦なく命令する割に、変に偉ぶったところがないのだ。

 あえて雪哉を挑発するような言動をするくせに、雪哉が反抗的な態度をとっても、決して声を荒げたりしない。むしろ、不敬と受け取られても仕方が無い発言をする雪哉を、面白がっている節さえあった。

 おかげで、仕え始めてから今日までのわずかな間に、宗家の若宮に仕えているという実感もありがたみも、雪哉の中からは消え失せていた。若宮本人が気にしないからという理由で、どんどん言葉に容赦がなくなって来ているが、流石に公衆の面前で馴れ馴れしい態度を取るのはまずい。

 気を付けなければと心に留めて歩いていると、いつの間にか二人は橋を越え、朝廷の深部へと入り込んでいた。今まで雪哉が足を踏み入れた事のない場所であり、段々と周囲の雰囲気も変わって来た。

 綺麗に着飾った近衛兵が増え、ただでさえ豪華だった宮中の装飾が、一層洗練され、高級なものへと変化していく。

 そうこうしているうちに、二人は紫宸殿へと到着した。

 紫宸殿と廊下の間には、橘と桜を模して見事な彫刻が施された門扉がある。その前には、奥の紫宸殿を守るように、正装をした兵達がずらりと並んでいた。

 ――正面の扉は、ぴたりと閉ざされている。

「ここからは、入れないみたいですね」

 雪哉の声に、若宮の目がすうっと細められたその時。

 陽気なだみ声が、周囲に響き渡った。

「これはこれは、若宮殿下。少々、来るのが遅かったようですな」

 その男の姿が目に入った瞬間、雪哉は「傲慢が服を着たような男だ」と思った。

 年の頃は、青年と壮年のちょうど中間くらいであろうか。

 不遜な笑みを隠そうともしないご面相は、いかにも凶悪である。笑う口からは牙のような形をした八重歯が覗き、鬼火灯籠の光を受けて黄色く光っている。太い眉の下で、始終燃えるような輝きを放っている目玉はぎょろりと大きく、その顔色はどす黒い。

2024.04.15(月)