「明確な決まりはなくとも、それくらいは宮廷の常識だ」
「僕は宮廷儀礼を無視するつもりはありません。宮廷規則に則って、当然の要求をしているつもりですが」
そもそも、朝廷を悠長に歩いていては間に合わないから、大門まで直接飛んで来たのである。ここを通らないと間に合わないんです、と早口で言えば「知った事か」と切り捨てられた。
「この大門を守るのが、我らの使命。それくらいの礼節も理解しえぬ下男を、安易に通すことは出来ぬ」
「僕は下男ではなく、若宮殿下の側仕えですが」
首から下げた、通行証である門籍代わりの懸帯を振って見せれば、それまで目に入っていなかったのか、門番はあんぐりと口を開いた。
「なんと!」
ここでぼやぼやしていると、若宮殿下のご用事に遅れてしまうのです、と笑顔のまま付け加える。
「お分かりになったら、さっさとそこを退いて下さい」
すごすごと引き下がった門番の横を、滑るような早歩きで抜き去って行く。
だが、このようなやり方は雪哉の本意ではなかったし、門番の態度にも、若宮の威を借りるしかない自分にも腹が立った。
胸がすくどころか、雪哉の機嫌は下降の一途である。
ほとんど走るような速度で喜栄のもとへ走り、若宮に命令されたもろもろをこなしていく。その間中、ずっと羽衣姿でいたので、妙な注目を集めてしまった。懸帯があるので、門番のように声をかけて来る者はいなかったが、向けられた視線の中に好意的なものはひとつもなかった。
「まあ、背に腹は替えられないし」
注目されるのは避けたかったのだが、こればかりは仕方ない。
周囲の白い目は見なかった事にして、手っ取り早く仕事を済ませると大門に戻り、再び鳥形へと転身する。しかし、行きよりも荷物が多く、かつ上りであったため、招陽宮に飛んで戻るのは恐ろしくきつかった。肩で息をしながら、中庭から直接宮殿の中に入り、書籍を中へと運び込む。
若宮の文机について文箱を開けた時には、既に日は傾いていた。緊急性が高い順に並べておけ、という事は、自分が読んでも構わないという意味だろう。暗くなってしまう前にと、急いで中身を検める。紙のひとつを開けば、きつい白粉の薫りが漂った。
2024.04.15(月)