少しは頭を使え、と。

 そう言い捨てると、若宮は書棚からいくつかの冊子を取り出し、再び外に出ようとした。

 一瞬、頭が真っ白になった雪哉だったが、背中を向けられた瞬間、我に返った。

「お、お待ちを! あの、詩文の学士から、課題が届けられておりますが」

 掃除をしているうちに、来客があったのである。銅鑼を鳴らしたのは若宮の教育係の学士であり「必ず若宮にやらせるように」と言って、大量の課題を置いて行ったのだ。

「期限は明日までだそうです。それと、伝言があります」

「聞こうか」

「『漢詩文は、宮烏の長たる金烏にとって、無くてはならぬ教養でございます。いいかげんお遊びになるのは自重し、数年の遅れを取り戻すことに尽力された方がよろしいでしょう』と。相当、怒っておいでのようでしたが」

「へえ」

 若宮は、文机の上に山となった課題を一瞥すると、馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「――それは、私がやるべき事なのか?」

 それだけを言い残し、若宮は今度こそ出て行ってしまった。

 こんちくしょう、こんちくしょう、こんちくしょう!

 鳥形になった雪哉は、ぎゃあぎゃあ鳴きながら空を飛んでいた。

 何なんだ、あの言い方は。こちとら朝から何も食わずに飛び回ってんだぞ!

「ちっくしょう」

 鳥形を解いて一声吐き捨て、大門の舞台へと降り立つ。だが、そのまま小走りで中に入ろうとすると、颯爽と走って来た門番に引き留められてしまった。

「待て! お前、その格好のまま入るつもりか」

 その格好とは、羽衣のことだろう。雪哉はとびっきりの笑顔をつくると、慇懃無礼にお辞儀をした。

「はい、左様で」

「サヨウデ、ではないだろう。威儀を正して出直して来い」

「でも、羽衣で大門を通ってはいけない、という決まりはありませんよね?」

 これでも、宮中の決まり事については一通り目を通して来たのである。まさか口答えをされるとは思っていなかったのだろう。一瞬虚を衝かれたような顔をした門番は、しかし不快げに顔をしかめた。

2024.04.15(月)