ここで思い切って、雪哉は転身した。鳥形になって飛んでしまえば、どれだけ遠かろうが、嘆くほどの時間もかからないのである。あっと言う間も無く烏の姿になると、手桶を三本の足でがっちりと摑み、庭から滝へと一直線に飛んだ。

 すぐに見回り中だった山内衆が近付いて来たが、雪哉が若宮付きであることを示す懸帯をしているのを確認すると、一瞬迷った様子を見せながらも、離れて行った。滝下に着いてから招陽宮の方を見れば、若宮が自室として使っている離れは、大量の木材によって支えられ、崖に張り出すように造られているのが分かった。

 なるほど、懸け造りとなっていたのか。

 北家の朝宅から大門まで飛ぶ間、崖から突き出すように建てられた屋敷が、細い橋のようなもので繫がれているのを目にしたが、あれと同じ造りとなっていたようだ。

 水を汲んだ雪哉は、文字通り飛んで戻り、鉢植えに水をやる行為を何回か繰り返した。四回目の往復の後、ようやく水やりを終えたくらいになって、若宮と澄尾が戻って来た。

 この頃には、雪哉は疲れきり、ぐったりとしていた。

「ご苦労。それで、私への文はどこだ」

 額からだらだら汗を垂らす雪哉を見ても、若宮は顔色一つ変えない。あくまで涼しげに発せられた若宮の言葉に、雪哉は苦々しい気分になった。

「それはまだ、取りに行っておりませんが……」

「なんだと?」

 途端に、若宮は眉を跳ね上げる。

「昼過ぎには、取りに行くように言ったはずだが」

 あからさまに不機嫌そうな顔をされても、雪哉だって必死になって働いていたのである。仕事を怠けたり、言いつけを忘れたりしていたなら話は別だが、今回、自分に非はないはずだ。ここで謝るわけにはいかなかった。

「お言葉ですが」

「いや。もういい」

 出来なかった事をとやかく言っても仕方ない、と、若宮は雪哉の言い分すら聞こうとはしなかった。

「そっちは澄尾に取りに行かせる。お前は、自分のやるべき仕事の順を考えて、行動しろ」

2024.04.15(月)