あえて笑顔になって言ってやれば、わずかに、若宮の口元にも笑みらしきものが浮かんだ。
「良かろう。他に気付いたことがあれば、自分で判断してやっておくように。お前の食事は、御厨子所に行けば何か分けてもらえるだろう。私から言うべき事は、以上だ。後は自分でどうにかしろ。私はもう出る」
言うが早いか、若宮はさっさと背を向けて歩き出してしまう。
一瞬、心配そうな顔で澄尾が振り返ったが、雪哉はきっぱりと首を横に振った。
知らない事や分からない事が山積みである今、質問は数多くあった。だがそれを言い出したら、本当にきりがなくなってしまうことは分かっていた。こうしている間にも、時間は刻一刻と短くなっているのだ。
雪哉は顔を叩き、鬼のような顔をして頷いたのだった。
「どうぞ、行ってらっしゃいませ!」
こうなったらもう、意地だった。
まずは、部屋の片付けである。
机に置かれた図書寮への手紙と、届け物を確認する。掃除しているうちに混ざってしまわないように取りのけて、さっそく乱雑に置かれた書物の山に向かった。
図書寮へ戻す本は、装丁が凝っているのですぐに分かった。手紙と同じ所に取り分けてから、書棚がどのように分類されているのかを、ざっと確認する。それから、山になった本を投げるように分別し、まとめて棚に放り込んだ。
次に、門のすぐ横手にある厩へと向かった。
人形を取っている時、体に何も付けていない状態の所に、羽衣を出現させる事を『羽衣を編む』といった言い方をする。汚してしまわぬよう官服を脱ぎ捨てると、雪哉はすばやく羽衣を編み、身にまとった。とはいっても、良く手入れされているのか、そこまで汚い厩ではない。言われた通りに水を取り換え、軽く掃除をして庭へと戻る。井戸の水をひたすら汲み上げては、杓子を駆使して白い釉薬の鉢へとぶちまけた。
この頃には、もう太陽は中天にかかりつつあった。
もうすぐ、若宮達が戻って来るだろう。
2024.04.15(月)