「ちなみに、お帰りはいつになるご予定ですか」
「午の上刻には一度戻るが、また出るつもりだ。仕事は日暮れまでに済ませておけばいい」
済ませておけばいい、ではない。今日からは招陽宮に寝泊まりする身とはいえ、これでは本当に一日中休む暇がない。夜までかかったとしても、全て終わるか疑わしい仕事量である。
「これを全部ひとりで、ですか……」
引きつった顔の雪哉を見て、若宮は冷やかな視線をこちらにくれた。
「他に誰かいるように見えるか」
馬鹿にしたような口調に、思わずムッと来た。つい眉根が寄ってしまった雪哉を見て、それまで様子を窺っていた澄尾が、慌てたように割りこんで来た。
「ちょっとお待ちを、殿下。いくらなんでも、それでは雪哉殿が可哀想です」
もっと少しずつ教えていった方が、と言いかけた澄尾の言葉を、若宮は鼻で笑った。
「馬鹿を言え。これくらい出来ぬようでは、私の側仕えなど務まるものか」
出来るのか、出来ないのか。若宮は厳しく雪哉を問い詰めた。
「出来ないのなら、さっさとここから出て行くが良い」
「……誰も、出来ないなんて言っていません。出来るかどうかは分かりませんが、全力は尽くさせて頂きます」
苦い気持ちながら、それでも殊勝に答えた雪哉を、若宮はばっさり切って捨てた。
「お前が全力か否かなどに、私は興味などない。問題は、結果が残せるかどうかだ」
努力するだけの役立たずなど、こっちから願い下げだ、と。
垂氷でさんざん言われ慣れていたはずなのに、何故か、若宮の言葉はことごとく雪哉の癇に障った。
この時、冷たい視線に射抜かれた雪哉の脳裏には、「帰ったら父に怒られる」とか、「勁草院に送られる」とかいう考えは、全く浮かんで来なかった。ただ、こちらを挑発するような若宮の顔が心底頭に来ており、鼻を明かしてやらねば気が済まぬという、その気持ちだけでいっぱいであった。
「役立たずかどうか、ご自分の目で確かめられてはいかがですか」
2024.04.15(月)