決して畏まったとは言えない返事に、隣で澄尾が驚いたような顔をする。だが、若宮は「そうか」とこだわりなく言っただけで、腹を立てたりはしなかった。
「では、こちらへ来なさい」
若宮は、肩に掛けていた薄物に腕を通して立ち上がり、渡殿へと出て行ってしまう。慌ててついて行ったその先には、庭があった。
不思議な事に、前栽は不格好に刈りこまれているし、鉢に植えられた草花にも、統一感はまるで感じられない。宮中の庭らしからぬ様子に違和感を覚えていると、お前の一番の仕事はこれだ、と言われた。
「これとは」
「水やり」
指差されたのは、大小問わず、色々な鉢に植えられた草花の山である。ここにあるだけでも、相当な量だ。
「これに全部ですか」
「そうだ。与える水もそれぞれ決まっている」
「どこから水を汲むか、お聞きしてもよろしいですか?」
「話が早くて結構。あの滝が見えるか」
今度は、鉢を示していた指先を、反対の方向へと向ける。
示された方角に顔を向ければ、両側に迫る山肌の間、視認出来るか出来ないかの所に、白い水煙を確認することが出来た。
「……見えなくは、ありませんね」
「あの滝壺の水を、毎日かかさずやって欲しい」
あちゃあ、と思った。これは、宮烏の坊ちゃんでなくとも、ぐれる。
「なんでわざわざそんな事を。そこにある井戸の水じゃ駄目なんですか」
眉間に皺を寄せて問えば、それで良い場合もある、と返される。
「ここにある草花は、全部二株ずつ同じ物が植わっているのだ。ただし、鉢の色が違う。青い釉薬のものには滝の水を、白い釉薬のものには、井戸の水をやって欲しい」
間違えるなよと釘を刺され、雪哉は呻くような了承の声を上げた。
「承知しました」
「それと、ここの井戸の水は飲むな。喉が渇いたなら、水甕の中のものを飲む事。それがなくなったら、改めて滝から水を汲んで来い」
「はあ」
これでは、かなり時間がかかってしまうだろう。
では早速、と腕まくりした雪哉に、若宮は首を傾げた。
2024.04.15(月)