今年で二十三となる喜栄は、北家当主と血の繫がりも明らかな容姿を持った、快活そうな若者であった。朝宅にいる今も、動きやすい狩装束を身にまとって、いかにも活動的な様子をしている。
姿を現した雪正を見るなり、健康的な肌色をした顔をほころばせ、自ら近寄って来た。
「ようこそおいで下さった、雪正殿。しかし、申し訳ない。当主と父は今、白珠姫の登殿の件で、朝廷に詰めておりまして」
その言葉に、雪正は思わず「おお」と声を上げた。
「いよいよ、でございますか」
「ええ。いよいよです」
『登殿』とは、日嗣の御子たる若宮が、后を選ぶために作られた制度である。
后候補は、四家からそれぞれひとりずつが選出されるものとされており、この四名の中で若宮に気に入られた者が、入内出来る手はずとなっている。この、若宮の后選びのために、候補の姫が『桜花宮』という宮殿に集められる事を『登殿』と呼ぶのだ。
白珠姫は、北領の真珠とまで謳われた北家随一の美姫であり、若宮の后候補として宮中入りしたのは、すでに北領中に知れ渡っていた。
「まあそんなわけで、今は朝廷も色々と騒がしくて……。直接出迎えられずに申し訳ないと、父から言付かっております」
「そんな、すまないなどと、とんでもございませぬ。勿体ない限りです」
雪正と喜栄は、義理とはいえ、叔父と甥の関係にある。年齢的にも、雪正にとって北家の中では、最も気やすく言葉を交せる相手でもあると聞いていた。
軽く今の朝廷の様子などを話し合ってから、雪哉の引き渡しへと移る。挨拶を促された雪哉は、喜栄へと向かい、素直に頭を下げた。
「垂氷の雪哉です。一年間、どうぞよろしくお願いいたします」
すると喜栄も真顔になり、会釈を返して来た。
「ああ。こちらこそ、よろしく頼もう」
雪哉を北家朝宅に預け、挨拶も済ませてしまったので、雪正がここに来た目的は完遂してしまった。しばらくは朝宅を案内される雪哉に付いて回っていたが、厩で自分の馬を見つけると、その足で帰る事になった。
2024.04.15(月)