「飛車に乗るのは初めてか」

 躊躇いがちに話しかけて来た喜栄に「はあ」と雪哉は頭を搔いた。

「僕ぁ、地家の次男坊ですからね。こんなもんに乗れる機会なんか、一生ないと思っていましたよ」

「そ、そうか」

 喜栄の態度は、北家の御曹司らしからぬものである。

「喜栄さま、そんなに僕に気を使わなくてもいいんですよ」

 別に取って食ったりしませんから、と言えば、なんとも微妙な顔をされた。

「そうは言ってもだな、雪哉……殿」

「何を遠慮なさっているんです。雪哉でいいですよ」

「いや、そういうわけにもいくまいよ」

 困ったように眉尻を下げる喜栄に、雪哉は小さくお辞儀をした。

「田舎育ちの僕に和麿さまの代わりが務まるとは思いませんが、北領の面目を潰さぬよう、精一杯頑張りますから」

 どうぞ雪哉とお呼び下さい、とあくまで低姿勢の雪哉に、喜栄は口にしかけた言葉を飲み込んだように見えた。

「……和麿の件、あれは、どう考えてもあいつが悪かった。聞くのが遅くなったが、新年の時の怪我はもう良いのか?」

「ええ、見ての通り、もうすっかりさっぱり」

「そうか、ならば良かった」

 雪哉のちゃかした言い方に、ようやく喜栄は肩の力を抜いたようだった。

「あのだな、雪哉。朝廷にいる間、私の事は兄のように思ってくれて構わない。若宮殿下の側仕えというお役目は、とても大変だと聞いている。困った時は、いつでも頼って来てくれ」

「これは、とても心強いですね。どうもありがとうございます」

 話をしているうちに、飛車は朝廷の入り口へと着いた。『大門』と呼ばれる、山の中へと至る正面門である。

 貴族の朝宅が山の側面に造られているのに対し、政治を行う宮廷と、金烏一家が住まう宮は山の()にあるものと決まっている。宮廷を内包する山そのものが宮中扱いされるのはそのためだ。大門は、断崖に懸け造りの屋敷を建てている、あるいは、岩棚に住居を構えている高級貴族達が、改めて山の中へ入るための門なのである。

2024.04.15(月)