中央門に入る際は緊張したが、証文が本物である事を確かめると、門番達はあっさりと通してくれた。

 門をくぐってしまうと、確かに周囲の雰囲気は一変した。

 大通りだった道は、そのまま山の外周を螺旋状にめぐる、石畳の坂道に変わった。山に背中を預けるようにして建てられた店は、今まで見て来たものよりもずっと立派であり、売っている品物も一気に質が高くなったようである。心なし、客も金持ちらしい装いの者が増えた気がする。

 門を抜けてからこっち、商人の呼び込みや、芸人達の音楽などは聞こえなくなっている。

 父の背中を見て黙々と歩いているうちに、長く歩いて来た坂道は急になり、いつしか、よく整備された石段へと変わった。建物も店の代わりに、貴族の屋敷が立ち並ぶようになっていく。

 息が上がるほど歩き続け、ようやくたどり着いた石段の最上部には、黒い漆塗りの円柱が使われた、豪華な四足門があった。周囲は白壁に囲まれ、荘厳な空気に満ち満ちている。

 言われなくとも、それが北家の朝宅である事は想像がついた。

「頼もう! 垂氷郷より、郷長雪正と、その息子が参上した。お取次ぎ願えるか」

 雪正が閉ざされた門に向かって呼び掛けると、間髪入れずに、門扉脇の小窓が開いた。そこから雪正と雪哉の姿を視認すると、すぐに正面の大門が開かれる。

「ようこそいらっしゃいました、垂氷郷郷長さま」

「うむ。出迎えご苦労」

 門番によって開かれた扉の向こうには、雪哉が想像していたよりも、ずっと洗練された前庭が広がっていた。手入れのされた黒松が立ち並び、玉砂利は眩く白い。門から一歩敷地に入ると、石畳は、全てが黒々と磨かれた御影石へと変わっていた。

 北領にある邸宅は大きくて広い分、立派であるが武骨な印象が拭えなかったが、こちらは品よくまとまっている。軒先にぶら下げられた金物細工の灯籠を眺めていると、雪哉は父と共に、屋敷の奥へと通された。案内された先に待っていたのは、北家当主の直孫であり、いずれは北家当主の座を受け継ぐ事が決まっている青年、喜栄(きえい)であった。

2024.04.15(月)