「これくらいで驚いていては、この先やっていけないぞ」
雪哉の反応を見てニヤニヤしながら、雪正は言う。
道を進んでいくうちに、大通りの両側には屋台や出店が並び始めた。その多くが食べ物屋で、あちこちから胃の腑をくすぐる、うまそうな匂いが漂ってくる。中には簡単な細工物や、硝子で出来たかんざしなどの装飾品を扱っている所もあり、そんな店の前では、華やかに着飾った娘達がさんざめいていた。
中央に近付けば近付くほど、八咫烏達は活気づき、店の数や種類も多くなっていった。
長い棒を操り、美しい布の計り売りをする女達に、言葉巧みに甘酒や煮豆を売る子ども。魚や野菜を売りつける、商売人の掛け声もする。弾むようなお囃子は、道を練り歩く芸人達のものだ。
中には、龍の卵の欠片や虹色蜥蜴の干物、赤い雀の羽飾りなど、本物かどうかは疑わしい品を売る物売りもいた。
流石は中央の市である。垂氷郷に立つ市とは、比べ物にならない規模である。
そのまま歩き続けるうちに、大通りは大きな崖に行き当った。もっと正確に言うならば、山の断崖に面した、大きな橋へと差し掛かった。
「うわ、すごい! 何だこれ」
思わず声を上げ、雪哉は橋の欄干に駆け寄り、身を乗り出した。
大通りと崖を繫ぐ橋の下は、広く深い谷となっていた。
山の側面が、そのまま裂け目の片側を形成するような形となっている。あまりの高さに、谷底の様子は良く分からない。断崖からは所々水が噴き出し、まるで滝のようになって崖下へと落ち込んでいた。
橋それ自体は、丹塗の立派なものである。橋のこちら側は市の賑やかさが際立っているが、山側には巨大な門が接しており、そこに数名の兵が立っていた。
「あれが、中央門だ。この橋を渡ると、もう向こうは宮中という扱いになる」
不思議そうに兵を見やった雪哉に、父が説明をしてくれた。
「もう宮中ですか? 門の向こうにも、お店は見えますけど」
「あれは、市に立つような出店じゃなくて、宮烏御用達の高級商人の店だからだ。常にある程度の品を置いている分、店の方も客を選ぶのだ」
2024.04.15(月)