若宮殿下の側仕えなど、それほど身分の高くない中央貴族にとっては垂涎の的だろうが、地家の者からすればいい迷惑なのである。
そのまま馬を下男に預けると、雪正は雪哉を伴って歩き出した。
「ともかく、お前がここで一年を暮らす事に変わりはないんだ。どうせ中央にいるなら、楽しんだ方が得だぞ」
「楽しむ、ですか」
あからさまに不審そうな顔をしてみせると、今度は雪正も笑った。
「まあ、百聞は一見に如かずってな」
お前もすぐに分かるさ、と言って雪正は関所を出た。
北家の朝宅があるのは、中央の山の、南側だと聞いていた。ここ、北の関所からそこへ行くためには、中央城下の半分を回らなくてはならない。どうして直接飛んで行かないのかと雪哉は怪訝に思っていたが、関所を抜けて、その理由はすぐに分かった。
「これが、湖ですか!」
「そうだ。ここからは、船に乗って行くぞ」
ここまで広い水辺は、初めて見た。
一面に広がる湖は、話には聞いていたが、想像以上のものだった。
春の日の光に、水面は銀色にさざ波が立ち、きらきらと光っている。対岸には、水上に張り出した建物がいくつもあり、小舟が大荷物を乗せて行ったり来たりしていた。
「飛んで運ぶには大きい荷は、湖を使って運ぶからな。わざわざ船着き場までやって来て、物を仕入れて行く者は多い。中央門あたりはまた別だが、中央そのものが、ひとつの市のようになっているのだ」
地方からやって来た者にとっては、鳥形になって通り過ぎるのは勿体ないし、中央の八咫烏は滅多に鳥形になろうとしないから、船を利用する者が意外と多いのだという。
雪哉と雪正が乗ったのは、飼い慣らされ、毒を抜かれた蛟によって曳かれる船だった。滑るように進む船を楽しみ、活気のある水辺の街の雰囲気を楽しんでいるうちに、船は中央の山の南側へとやってきた。
船着き場から宮廷の中央門へ向かっては、立派な大通りが続いている。こちらもまた、見たことが無いくらい大きく整備された道に、雪哉は驚いた。
2024.04.15(月)