「どちらの厩がお望みで」
「北家の朝宅へ。それと、今日の日没までには参上仕ると、伝言を頼めるか」
「はい、確かに」
四家の住居には、四領の荘園に築かれた本邸と、中央にいる間生活をする『朝宅』のふたつが存在する。普段、四家の当主が住んでいるのは、この朝宅の方である。
明日から中央にいる間、雪哉の仮の家は、北家の朝宅という事になるのだ。
「ああああ、憂鬱だあ……」
雪哉は嘆いた。それを聞き咎めた雪正が、片方の眉を吊り上げる。
「そう言うな、罰当たりな奴め。名誉なお役目を頂いたんだ、泣いて喜ぶくらいのことはして見せろ」
「むしろ、正しい意味で泣きたいです。父上だって心にもない事を」
「お前はそう言うがな、宮中入りを取り消された和麿の一族は、通夜みたいな有様だったそうだぞ」
「僕ぁ、別に代わって欲しいなんて一言も言ってないです!」
「ああ、もう、うるさい。ごちゃごちゃ文句垂れるな。そもそも、こうなったのは自業自得だろうが!」
結局は父も、面倒事を押し付けられたという認識に相違はないようである。
それもそのはず。実は、四家を代表とする中央貴族と、郷長などの地方貴族の間には、深くて広い溝が存在している。
同じ宮烏にも種類があって、四家を中心とする宮烏を中央貴族として尊ぶのに比べ、郷長など、四家に対し『地家』と呼ばれる地方貴族は、下に見られることが多い。
四家には、かつて、地方の統治を進める中で、周辺住民との間に摩擦が生じてしまった過去がある。そこでどうしても手に負えなくなった四家が助けを求めたのが、地家の始祖である地方有力者だったとされているのである。中央貴族からすれば、地家は、言わば成り上がりのにわか貴族だ。官位で勝っていたとしても、所詮は田舎者だという偏見が拭えないのである。
中央でそういう扱いを受けることは地家の者も分かっているから、朝廷で出世してやろうという意気込みを持つ者もあまりない。つまり、雪哉のような地家の次男坊が朝廷に出仕することなどほとんどないし、したくもないというのが本音なのだ。
2024.04.15(月)