「私も、賛成でございます。雪哉は、このまま小さくなっているのではもったいないと、常々考えておりました」
「雪馬殿は」
「はい。奥方さまと母上の、おっしゃる通りかと」
立場をわきまえて黙っていた長男が、勢い込んで頷いた。
「あの、弟は、やれば出来る男です。ただその、滅多にやろうとしないだけで……」
「やる気のない『やれば出来る男』は、結局ただのぼんくらですよ」
きっぱりと断言したのは、『やれば出来る男』と称された雪哉、本人である。一瞬、なんとも言えない空気が漂いかけたが、弟に負けじと言葉を重ねた。
「とにかく俺としては、雪哉が宮中に行ってくれたら嬉しいです。こいつは、もっと外の世界を知るべきです」
兄の言葉に、雪哉はもどかしそうに身じろいだ。
「知らなくても別に困らないって。僕は一生垂氷から出ないもの」
「お前がそんなだから、俺は外に出ろと言っているんだ」
兄弟の小声での応酬を聞いて、長束はどうやら面白いと思ったらしい。
「確かに、垂氷郷としても、中央に繫がりを持った親類がいれば心強かろう。垂氷郷の将来を助けるものと思ってみてはどうだ」
露骨に嫌そうな顔になった雪哉に、長束は穏やかな笑みを浮かべた。
「何か困った事があれば、この私を訪ねるといい。助けになってやろう」
宗家の八咫烏にここまで言われて、もはや拒否など出来るはずもない。
最低でも一年、宮中で働く事に決まり、雪哉はこの世の終わりを見たかのような声を上げた。
「ああもう、僕、嫌だって言っているのに!」
「こうなったら腹をくくれ、馬鹿息子」
この期に及んで、雪正の中でようやく何かが吹っ切れた。雪哉の宮中入りについて盛り上がる当主夫妻に聞こえぬよう、雪哉に顔を寄せてやけっぱちな口調で囁く。
「お館さまと、長束さまに約束してしまったんだ。ともかく、一年だ。なんとしても一年間だけは、絶対に粘れ」
「一年て! 行ったとしても、そんな長続きなんかしませんよ」
2024.04.15(月)