「はあ。まあ、痛いっちゃ痛いですな」
先程までの涙はどこへ行ったのやら、雪哉はけろりと言い放つ。その横っ腹を、それまで嘴を挟む暇のなかった雪正が、見えないように肘で小突いた。
「ご心配をおかけするような事態になってしまい、真に、真に申し訳ございませぬ。しかも、せっかくの新年の席でこのような騒ぎまで起こして」
「それは、あなたが謝るべき事ではありますまい」
よく響く、落ち着いた声の主の登場に、自然とその場にいた者たちの背筋が伸びた。
「長束殿。どうしてこちらに?」
当主の視線を追って見れば、戸口には、ゆったりと構えた長束が立っていた。
「少しばかり、こちらの顚末が気になりましてな」
それに、話し相手のいない酒宴ほどつまらぬものはないでしょうと、微かに笑う。片手でぺしりと額を叩き、これはとんだ失礼を、と当主は苦笑した。
「しかしそのご様子では、ウチの親族の失態をご覧になってしまわれたようですな」
「申し訳ないが、しっかりと。どうも和麿殿は、宮烏としての自覚が足らぬように思われたが、どういった処断を下されるおつもりか」
「ご心配なさらずとも、身内だからといって罰を軽くするような真似はいたしませぬ」
長束は軽く頷きを返し、別段迷った様子もなく当主の傍らに腰を下ろす。いきなりの長束の登場に冷汗をかきながら、再度雪正は非礼を詫びた。
「長束さまにおかれましても、このようなめでたい場で、とんだ失礼を」
「気になさるな。確かに、少々驚きはしたが」
厳粛であるべき挨拶の最中に、突然泣いて走って土下座までされれば、驚くなという方が無茶な話である。長束の隣の当主も、なんとも言えない顔になった。
「まあ、今回の一件は別にして、雪哉も宮烏として、時と場に応じた所作を身につける必要はあるようだな、雪正」
「もっともでございます。私どもが至りませんで……」
「僕、そんなに礼儀知らずですかね?」
「しっ」
とぼけた返事をした雪哉を雪正が睨むと、「そう言えばあなた」と、思わぬ所から声が上がった。
2024.04.15(月)