「ひとつ、気になる事があるのですが」
当主の奥方が、おずおずと夫へと話しかけたのだ。
「おう、何だ」
「和麿は、今度から若宮殿下の側仕えとして、宮中に上がる事になっておりましたでしょう。その一件はどうなさるおつもりですか」
「ああ、そうか。そうであったな」
宗家の若宮、長束の弟である現日嗣の御子は、これまで、遊学と称して外界に出ていたのである。それが近く、山内に戻ってくる事になっていた。若宮の帰還に伴って、宮烏の子弟達の間で、側仕えの募集がかけられていたのだ。
北家からは当主の推薦で、和麿を送り込むと既に上申してしまっていたのだという。
「ううむ。しかしこうなった以上、このまま和麿を宮中に送るというわけにもいくまい」
「そこでです。和麿が務めるべきだった側仕えの役目を、雪哉にやらせるというのはいかがでしょう」
「おお!」
なるほど、その手があったかと嬉しそうな当主を前にして、雪正はそんな馬鹿な、と内心で悲鳴を上げていた。
咄嗟に振り返れば、滅多に間の抜けた表情を崩さぬ次男自身、完全に不意を突かれた顔をしていた。その一方、妻と二人の息子達は、驚きつつも嬉しそうにしている。
雪正とて、これが名誉なことであるとは分かっていた。だが次男坊の現状を把握している身としては、どこでどう喜んだら良いのか、全く分からないというのが実状なのである。そんな雪正の葛藤にはとんとお構いなしに、年配の当主夫妻の間では、着々と話が進んでいく。
「そうすれば若宮殿下の側仕えも確保出来ますし、雪哉は宮中で行儀を学ぶ事が出来ますでしょう?」
「まさに一石二鳥というわけじゃな」
まずは一年といったところか、と当主はすっかり乗り気である。
ただでさえ次男坊に関しては、色々と含む所のある身の上なのだ。当主の言葉に異を唱える事も叶わず、雪正は思わず胃を押さえた。その様子に気付いたのか、ここで長束が救いの翼を差し伸べてくれた。
「私も、良い話のように思う。だが、まずは本人の気持ちを聞いてみては如何だ?」
2024.04.15(月)